疲労の原因物質が明らかに 過労死、脳の老化を防ぐためにできること

「嗚呼、疲れたな……」と呟いたことがない人は稀だろうが、残暑厳しい今シーズンは季節の変わり目の「夏バテ」に要注意である。そもそも人はなぜ疲れるのか。最新の科学で「疲労の正体」を明らかにした医学博士が、そのメカニズムから対処法までを伝授する。

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〈暦の上ではすっかり秋だが、9月に入ってもまだまだ残暑厳しい日々が続く。あなたの体は「夏バテ」で悲鳴をあげていないだろうか。

 暑い季節、特に「土用の丑(うし)の日」に鰻を食べて精をつける。そんな風習が今の世にまで続いているように、スタミナのつく食べ物をとれば元気になる。そう信じる人は多い。

 たしかに疲れた体は車でいえばガス欠寸前。目的地に到着するためにガソリンを満タンにすれば、再び元気に活動できると考えがちだ。

 しかし、人の体はエネルギーを補充すれば回復するほど単純なものではない。実際、厚労省の調査では実に7割にも及ぶ日本人が日常的に疲労を抱えているという。ましてや昨今のコロナ禍で、いつ自分が感染するかもしれないとの不安にも苛まれ、我々は心身共に疲弊しきっている。

 どうすれば日々の疲れから解放されて健やかな毎日を送ることができるのか。その解決策を実践するためには、まず人間はなぜ疲れるのかという「疲労の正体」を知る必要があろう。

 本稿では、長年「疲労科学」を研究してきた医学博士で、大阪市立大学大学院疲労医学講座特任教授等を歴任し、現在、東京疲労・睡眠クリニック院長の梶本修身氏に詳しく解説をいただく。〉

 まだ日本が貧しかった時代をご記憶の方は、疲労は摂取カロリーの欠乏によるエネルギー不足が原因で引き起こされる、というイメージをもたれているかもしれません。

 けれど、栄養不足だった戦中や終戦直後ならいざ知らず、今の時代にエネルギーが不足して疲れが生じることは稀です。また一時期、医学界でも筋肉などにたまった「乳酸」が疲労の原因物質であると信じられていたこともありました。

 ところが、近年の研究において疲労の原因は、体内で生じる活性酸素が大きくかかわっていることが分かってきました。

 骨格筋や脳など、我々の身体は細胞で構成されています。その細胞が活発に動いて酸素を消費した時、発生するのが活性酸素です。

 人が運動や重労働を行えば、特定の筋細胞や神経細胞に負荷がかかり、過活動の状態になって活性酸素が大量に生じます。その活性酸素によって体内の細胞が酸化ストレスの状態にさらされ、細胞自体が錆びると本来の機能が低下してしまうというのが、疲労のメカニズムなのです。

 そして、この状態を放置し続けると、不可逆的な変化となって老化を招くことになります。つまりはアンチエイジングの観点からも、日常の疲労を抑えるのは非常に意味があることなのです。毎日の疲労を抑え、その日のうちに回復を図れば、老化も防げるということになります。

■加齢と共に落ちていく


 そのためには一体どうしたらいいのかという処方箋をお知らせする前に、もう少しだけ「疲労の正体」について説明させてください。

 先ほど述べた疲労のメカニズムにおいて、活性酸素によって最も錆びやすいのはどこかと調べていくと、脳の中の自律神経だということが分かってきました。

 掲載のイラストの通り、自律神経は脳の真ん中にある視床下部がその中枢にあたり、心拍、体温、睡眠、消化管活動や呼吸の調節などを調整しています。ですから、自律神経のさまざまな機能が低下すれば疲労がたまりやすくなるばかりか、心拍や血圧の調整がきちんとできず夏バテになったり、体温調整がままならず熱中症になってしまう。消化管機能もつかさどっていますから、胃もたれや食欲の低下も引き起こします。

 しかも、この自律神経の機能は、齢を重ねるにつれ低下していく傾向にあります。自律神経の細胞が、どれだけ機能を果たせるかを年代別に示した掲載のグラフを見ていただければ一目瞭然でしょう。20代男性が約2千という数値だとすると、40代の男性は千を切るぐらいに半減。さらに50代なら3分の1、60代なら4分の1にまで低下しています。

 そして残念なことに、40代でも筋トレをすれば20代の頃と同じ筋肉を維持することはできますが、自律神経の機能低下は、何をしようが防ぐことはできません。加齢と共に落ちていく自律神経の機能を回復させるのは困難なのです。

 実際、大半のスポーツ選手は40代を境に引退しています。どれだけ筋肉を鍛えても、呼吸や心拍の調整機能が年齢と共に低下していくのは避けられず、若い選手にはかなわない。プロサッカーでも、フォワードやゴールキーパーのポジションでの特例を除けば、40代を超えて現役を続けるのは至難の業。運動による疲労は、筋肉よりむしろ、呼吸・心拍・体温をコントロールする自律神経中枢を最も消耗させるからです。

 我々が2キロの距離をウォーキングした場合、真夏日と過ごしやすい春先とでは、前者の方が圧倒的に疲れますよね。実際の運動量は同じでも、夏の方がたくさん汗をかき、熱い空気を体外に出そうと息遣いが荒くなる。心拍や体温をコントロールする自律神経がフル稼働するため、疲れてしまうのです。

 さらに知っておきたいのは、実際に疲労状態にあるのは脳内の自律神経中枢なのですが、私たちが「疲れた」という感覚を持つのは、眉間のところにある眼窩前頭野と呼ばれる脳の部位で、疲労が起こる場所と疲労感が発生する場所が異なるのです。

 自律神経の中枢が「疲れた」というシグナルを眼窩前頭野に届けて初めて、人は全身の倦怠感などに代表される「疲労感」を抱く。脳が「身体が疲れた」と誤解させることで、消耗した自律神経を休ませようとするのです。疲労感とは、人が過剰に体を使って、自律神経を酷使するのを防ごうとする防御反応といえば、わかりやすいかもしれません。

 いわゆる「疲労」と「疲労感」は、感じる部位も異なる別物ゆえに「過労死」を招く危険性もあるのです。

 もともと仕事へのやりがいや達成感を持って打ち込んでいるビジネスパーソンは、熱中するあまり「疲労感」を覚えにくい傾向にあります。誰もが長時間にわたって集中して物事に打ち込めば、自ずと自律神経には負担がかかって疲れるわけですが、作業自体にやりがいを感じて楽しいと思う人は、「疲労感」を得ることが少ないのです。


■最悪の場合は過労死


 これは他の動物にはない特徴で、人間の脳は前頭葉が非常に発達しているためドーパミンなどの物質が出て、先ほどのように眼窩前頭野で生じる「疲労感」が打ち消されてしまう。

 それが「疲労感なき疲労」、いわば「隠れ疲労」と呼ばれるものとなって、最悪の場合は過労死を引き起こす可能性もあるのです。

 同じ理屈でいえば、昨今若い人たちの間でも愛飲されて、日本では年間売上が2千億円を超え、世界的な市場規模を誇るとされる栄養ドリンク剤やエナジードリンクは、一時的な高揚感は得られても「疲労」そのものを解消してくれる効果はありません。

 治療的な有用性が認められないばかりか、高濃度のカフェインなどが含まれているため、健康被害を及ぼす可能性があるとしてアメリカなど海外で大きな議論を呼んでいます。小児科で一番の権威を持つ国際学術誌には、栄養ドリンク剤全般に気をつけるべきだとの通知が出ているほどです。

〈日常生活で我々が感じている「疲労の正体」は、突き詰めれば自律神経の機能の低下だということが、梶本氏の話で理解できたのではないだろうか。そのメカニズムを踏まえた上で、人間が「疲労」から逃れる術は果たしてあるのか。この季節に起こりがちな「夏バテ」への処方箋を例にして、梶本氏が具体的な実践法を伝授する。〉

 一年の中でも、真夏は自律神経に負荷がかかる状況が非常に多いといえます。一つには体温調整で自律神経が疲弊して、慢性的な疲労となってしまうこと。

 特に筋肉が少なく寒さを感じやすい女性の場合は、クーラーの効いた室内と暑い外との寒暖差の影響を受けやすいでしょう。

 そして、コロナ禍によって今はテレワークとオフィスワークを併用する方も多いと思います。週の半分は自宅、もう半分は会社で過ごすとなれば、起床時間も異なり生活リズムにズレが生じます。

 たとえば職場に出社する日は朝の6時半に起床するのに、テレワークの日は仕事の始まるギリギリの午前8時半まで寝ている人がいるとします。起床時間に2時間の差が生じれば、当然ながら眠りにくくなるし、まっ昼間など変な時間に眠くなる場合もあるでしょう。コロナ禍で「社会的な時差ボケ」に悩まされることになるのです。


■脳の老化を克服


 ただでさえ陽が昇るのが早くなる夏は、睡眠時間が平均で30分ほど減るといわれています。睡眠時間のリズムを整えるのも自律神経の仕事ですから、ズレが生じれば調整しようとして負荷がかかり、余計に疲労が大きくなります。

 またテレワークや不要不急の外出を控える巣ごもり生活によって、適度な運動すらできないという生活パターンに陥る人もいるのではないでしょうか。それが夏バテを引き起こす要因になっていると思います。

 端的にいえば、こうした疲労と脳の老化を克服する解決法は二つしかなく、一つは昼間の自律神経の疲労を抑えること。もう一つは夜間に自律神経の回復を促すこと。究極的にはこの2種類の方法しかありません。

 注意したいのは、あくまで昼間に疲労を「抑える」ことができても、「回復」を図るのは難しいということです。なぜなら、自律神経が目覚めている段階から脳は緊張状態にあるので、疲労を軽減することしかできない。やはり「回復」させるという点では夜間しかありません。

 そこで大事になってくるのは、睡眠時間を長くするのではなく、いかに「質のよい睡眠」をとるかです。人間だけでなく、あらゆる動物にも共通していえることですが、「安心」「安全」「快適」な環境でないと熟睡はできません。

 ここでいう「安心」「安全」は文字通りの意味ですが、「快適」は少々説明が必要でしょう。この季節、寝床が暑いと寝汗をかいたりするし、逆に冷やしすぎれば身体が震える。どちらも体温調整のために自律神経を使ってしまうのです。

 元来、寝汗をかくのは、眠っているにもかかわらず自律神経が発汗を促して体温を下げようとしているから。であれば、自律神経が昼間に働いているような状況を、寝ている間も作ってしまっていることになります。

 当然ながら疲労回復など図れるわけもありません。

 本来、睡眠は自律神経の中枢を休ませるのが目的ですから、これではなんの意味もない。寝汗をかかないようにするためには、夏場は寝ている間はエアコンを切ってはいけません。寝入ってから切れるようにタイマーを設定するのも避けるべきだと私は考えます。


■命の危険


 そう聞くと、中高年から上の世代では“もったいない”という意識を持つ方も多いと思います。しかし、特に高齢になるほど熱帯夜には熱中症や脱水症状で命の危険に晒される。エアコンを切ったことで自律神経が休まらず、結果として昼間のパフォーマンスが低下してしまうことの方が“もったいない”という意識を持っていただきたいのです。

 また睡眠中のいびきも慢性的な疲労の原因になっています。なぜいびきが疲労を引き起こすのか。それは人が死ぬまで24時間、休みなく続けている呼吸のしくみと密接にかかわっているからです。

 呼吸は通常でもかなりの負荷を人に与えており、1時間自転車を漕いでも消費するのは300キロカロリー程度ですが、何ひとつ運動もせず生きているだけで1日約1500キロカロリーを必要とするのも、呼吸にかなりのエネルギーを要しているからといわれています。

 そもそも、いびきは大抵が仰向けで寝ていて、舌がのどの奥に垂れ下がって気道が狭くなり、空気を取り込みにくくなるのが典型的なパターンです。いびきは、毎晩、眠っている間に細いストローで4千個の風船をふくらませているようなもので、肺に空気を入れるのにエネルギー負荷がかかってしまっている状態。十分な空気を吸うことができず、低酸素呼吸状態に陥りやすい。

 そうなると、自律神経は心拍を速めて血圧を上げ、酸素供給量を維持しようと頑張ってしまいます。本来、もっとも休めなくてはいけないはずの自律神経を、貴重な休憩の時間である睡眠中に酷使してしまうことになる。そんな状態では疲労回復どころか、眠ることで疲労を蓄積させてしまう結果になりかねません。

 また男性と比べ、一般的に肺活量が少なく脳への酸素供給量も少ないゆえに、女性のいびきの方が危険です。現代の日本では、いびきによって健康に影響を及ぼしている人が、およそ2千万人いるといわれています。昼間のパフォーマンスが落ちるぐらい影響を受けていると考えられていますから、仰向けよりも横向きで寝ることを推奨したいですね。

 抱き枕を使うなどして、とにかく横向きに寝る姿勢を維持することが大切です。この寝方をすることで、舌が落ち込みにくくなり、いびきをかきにくくなる。仰向けと横向きで比較した実験では、8割の方で横向きに眠った方がいびきの回数が半減したというデータもあります。

梶本修身(かじもとおさみ)
東京疲労・睡眠クリニック院長。1962年大阪府生まれ。大阪大学大学院医学研究科修了。2003年より産学官連携「疲労定量化および抗疲労食薬開発プロジェクト」統括責任者に就任。ニンテンドーDS「アタマスキャン」をプログラムして「脳年齢」ブームを起こす。著書に『間違いだらけの疲労の常識 だから、あなたは疲れている!』、『すべての疲労は脳が原因』シリーズなど。

「週刊新潮」2021年9月9日号 掲載

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