元サッカー日本代表・鈴木啓太が「うんちバンク」を創設? アスリートの便を分析してサプリ開発

元サッカー日本代表・鈴木啓太が「うんちバンク」を創設? アスリートの便を分析してサプリ開発

鈴木啓太氏

 Jリーガーのセカンドキャリアとしては異例。こともあろうにアスリートのうんちを集める道を選んだのが鈴木啓太氏。それらを収集、保管する“バンク”まで作り、分析することでサプリを開発。目指すのは健康な競技者たちと同等の腸内環境を再現することだ。

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 2015年のこと。当時Jリーガーだった鈴木啓太さん(40)とラグビー日本代表でウイングの松島幸太朗選手が仲間たちと食事のテーブルを囲んでいた。

「幸太朗、頼みがあるんだけど」

 鈴木さんが松島選手の顔を見る。

「なんですか?」

「うんちをオレにくれないかな」

「えっ?」

「君のうんちが欲しいんだよ」

 鈴木さんは真剣だった。

 Jリーグ、浦和レッドダイヤモンズで16年間プレー。主にボランチとして、日本代表でもプレーした鈴木さんはベンチャー企業、「AuB株式会社」を創業した。

 アスリートたちのうんちを集め、そこから腸内フローラ(腸内細菌叢(そう)。細菌が腸の中に花畑のようにぎっしり並んでいるのでこう呼ぶ)を分析している。

 その最初のサンプル提供者として、鈴木さんは松島選手に目を付けた。

「幸太朗はチャンピオンズリーグをヨーロッパまで観に行くほどのサッカーファンで、僕とは長い付き合いです。そして、一流のアスリート。検体提供者1号としては申し分のない選手です。しかも年下。上下関係を重んじる体育会系なので、僕の依頼は断れません」

 数日後、鈴木さんのもとに瓶に入れられ固く蓋をされたうんちが届けられた。

 鈴木さんが自分のうんちに関心をもつようになったのは4歳のころだった。

「うんちは、いつもちゃんと見てから流しなさい」

「健康で暮らすには、腸が大切だよ」

 母親に言われていた。

「幼いころは女の子と間違えられるくらい色白の体の細い子どもで、心配だったのでしょう。母親は調理師の資格を取って、家族の食事に気を遣ってくれました。幼稚園に入るころには自分でお尻を拭くようになりますよね。すると、うんちをしたらきちんと見なさい、と言われました。黄土色でバナナみたいな大きいうんちなら合格。色やかたちやにおいがいつもと違ったら、報告しなさい、と。母は、健康でいるには腸の働きが大切だと考えていたのです」

 鈴木家の冷蔵庫には繊維質が豊富な食べ物や発酵食品が常備されていた。

「海苔、納豆、梅干し、枝豆が毎日のおやつでした。今思うと、腸内環境をよくする食べ物ばかりです」

 サッカーの名門、東海大学第一中学校(現・東海大学付属静岡翔洋高等学校中等部)、東海大学付属静岡翔洋高等学校時代には、食生活も、排泄にも、さらに意識が高まった。

「全国大会で優勝するレベルの学校なので、仲間たちもその親たちも、食べるものには注意していました」

 同期に一人、ずば抜けて身体能力が高い選手がいた。

「50メートル走は5秒台、垂直跳びは1メートルを超えていました。彼の自慢は、うんちのでかさでした。オレのは太くてとぐろを巻いている、と自慢するんですよ。こいつは動物として優れている、と思って見ていました。サッカー選手は、食べることも出すことも仕事だという思いが強くなった時期です。高校は寮生活でしたが、幼いころからの母親の教えに従っていたので、繊維質の多い食品や発酵食品はもちろん、腸内細菌の死菌(死滅した乳酸菌など)が入ったサプリメントも摂っていました」

 高校時代の生活は、起床、寮の掃除、朝食、朝練、授業、昼食、授業、午後練、夕食、自主トレ。このサイクルを火曜日から金曜日までくり返す。土日は試合で、月曜日が休み。

「バナナのような一本グソが出た日は、練習でも、試合でも身体のキレは抜群でした。腸のコンディションが身体の動きと関係することがよくわかりました」

 幼少期から腸の健康を意識してきたので、Jリーガーになったころには健康的な腸内環境ができてきた。

「レッズではチームの寮に入りました。食堂には納豆やヨーグルトが常備されていたのはありがたかった。たくさんの種類の食品を食べることを心がけました。腸内細菌もバリエーション豊かになると思ったからです。おかげで、腸内環境をいい状態に維持することができました」

 キャリアを重ね一人暮らしを始めても、チームと相談し、寮で食事をとる契約にするなど気を遣っていた。


■腸内細菌ビジネスへ


「アンダー23日本代表選手として臨んだアテネオリンピック予選の、UAEとのアウェー戦、原因は不明ですが、23人中18人のチームメイトがお腹をこわしました。キックオフの時間が近づいているのに、トイレのボックスは満室。そんな状況でも、僕はコンディション万全でした。自分の腸内環境に自信を深めた出来事でした」

 鈴木さんは浦和レッズでキャプテンを務めた。日本代表にも選ばれ、国際Aマッチに28試合出場している。一流選手の多くは、引退後のセカンドキャリアに指導者や解説者などを考える。しかし、鈴木さんはうんちを集め、腸内細菌を研究する道を選んだ。

「14年に不整脈が見つかって、自分の思うようなプレーができなくなってきました。そして、忘れもしない11月3日。横浜F・マリノス戦の試合中、明らかに異変を感じました」

 翌15年のシーズンで鈴木さんは現役引退を決め、そしてこの年に人生を左右する出会いがあった。

「知り合いのトレーナーに、うんちの記録を取るアプリをつくるベンチャー企業のことを聞きました。その会社は、観便し、専用のアプリで自分のうんちを記録することによって健康管理を推奨していました」

“観便”とは、自分のうんちを見ることだ。

「僕が子どものころから行ってきたことをビジネスにしている人がいたのです。トレーナーに話を聞いた3日後にはその企業の社長のもとを訪れていました」

 そこでは、専門的な仕事をしている人やまったく違う体形の双子など、特徴的な人のうんちを採取し、検査して、データをとり、人々の健康に役立てるビジネスを展開していた。

「専門的な職業の人や生まれや育ちが特徴的な人のうんちを調べると、発見があるかもしれないんですよ」

 と社長に言われた。

「アスリートも専門職と考えてもいいですか?」

 鈴木さんは訊ねた。

「はい」

 そんな会話を交わし、鈴木さんは腸内細菌ビジネスを具体的にイメージする。

「それまでは母親の教えやサッカー選手としての体験などで食事を選び、お腹に鍼灸治療を施していました。手探りでの健康管理です。さらにさまざまな専門家の話をうかがい、自分がやってきたことが間違っていないというか、かなり大切なことだとわかりました」

 このころ、長く交流のあるサポーターから、年齢を重ねるとなにかしら身体に問題が起き、スタジアムに行きづらくなる話を聞いた。選手もサポーターも、いつまでも若くはない。健康の大切さを再認識することが多く、起業を決めた。それが「AuB株式会社」だ。自己資金4千万円を投じ、エンジェル投資家から1億3千万円を調達。本気だった。


■ミッションは“検体”集め


「菌を鍛えて金メダル」

 リオ・デ・ジャネイロ・オリンピックの時期だったので、起業のキャッチフレーズは菌と金を掛けた。

「最初はアスリートを対象に考えました。さまざまな競技の選手のうんちを集めて、分析して、パフォーマンスを高めるための腸内フローラを明確にして、食生活や生活習慣をアドバイスするビジネスです」

 そして、検体提供者の第1号がラグビーのプレーヤー、松島幸太朗選手だったというわけだ。

「今は検体のキットがありますが、最初は自前のガラス瓶に入れてもらいました。AuBをつくったものの、現役選手だったから、代表になるつもりはなく、ただ、アスリート人脈はあったので、僕がさまざまな競技者のうんちを集めることになりました。松島選手のほかにも、プロ野球ヤクルトスワローズの捕手、嶋基宏選手、陸上800メートル走元日本記録保持者の横田真人選手、スケルトン元オリンピック代表の小口貴子選手など、さまざまな競技のアスリートに検体をお願いしました」

 アスリートはそれ以外の人と比べると基本的に健康だ。身体が強く、身体能力も高い。だから腸内細菌を分析して傾向がわかれば、そこに近づけて、より強い身体にできるのではないか。そう考えた。しかし、検体数が少ない時期にはなかなか傾向が見えてこない。

 15年のシーズンで引退した後、鈴木さんはAuBの代表取締役に就く。

「千人分の検体を集めることを自分のミッションにしました」

“検体”というと響きはいいが、鈴木さんが集めるのは、うんちだ。最初は会う相手みんなに驚かれた。それでも、知り合いのアスリートはもちろん、スポーツ選手に会う度にうんちの提供を頼む。

「大学や実業団のチームに相談して、一度にたくさんの検体を集めるなどの工夫をしました」

 鈴木さんがアスリートのうんちを求めていることが口コミや報道で広くアナウンスされると、各競技の監督やスタッフから提供を申し出てくれるケースも増えた。自然にうんちが集まるシステムもできてきた。

「駅伝チームには、大会の1カ月前、1週間前、2日前、1週間後の検体を採取、分析をお願いしたこともありました。みなさんのおかげで、4年弱で目標だった選手の検体千個を28種類の競技から集めることができたのです」

 AuBの初期は、腸内の検体の分析を内部で行っていたが、利便性やコストを考慮し、アウトソースするようにした。こうして、うんちのサンプル数、分析数が増え、すぐれたアスリートの腸内フローラに共通するものが少しずつわかってきた。

「まず多様性です。腸内には千種類、100兆個の腸内細菌がいるといわれていますが、アスリートたちの腸内フローラはバリエーションが豊富でした。そしてアスリートの腸に共通していたのが、酪酸が多いことでした」

 酪酸は腸の中に棲む短鎖脂肪酸の一つ。腸上皮細胞のエネルギー源で、免疫力をコントロールするといわれている。

「酪酸を作り出す酪酸菌は一般的に腸内細菌全体の5%といわれています。ところがアスリートのうんちを調べると10%以上ある選手が多く、陸上の長距離ランナーには20%ある人もいて、驚きました」

 発見もあった。

「アスリートの腸内フローラから新種のビフィズス菌が見つかり、20年に国際特許を申請しました」


■マスターズ選手も対象に


 こうしたデータをもとに、AuBはサプリメント「AuB BASE」を開発した。アスリートの腸内フローラを分析したなかで酪酸菌をメインに乳酸菌やビフィズス菌など29種類をバランスよく取り入れたサプリメントをアウトソースで製造している。1カ月分5918円。定期コースを選ぶと初回は3218円(共に税込)となる。

「AuB BASEは瞬発的に身体に効くようなものではなく、継続して腸内細菌を安定させることを期待しています。たとえば酪酸菌はチーズに含まれているといわれます。でも、豊富に摂ろうとすると、大量にチーズを食べなくてはいけません。それで満腹になってしまうと、ほかの栄養や菌を摂りづらく、腸内フローラの多様性が維持できません。サプリメントなら、少量で多くの酪酸菌を摂取できます」

 AuB ASEはさらに質の向上を目指している。

「僕自身AuB BASEを飲み、いいコンディションを維持しています。でも、ほんとうにサプリのおかげなのか――、気になって1週間やめてみると、うんちの出かたがいま一つ満足できないものになりました。このように自分の身体でいろいろと試しています」

 新しい検体にも期待をしている。

「今、マスターズ陸上の選手のうんちを分析させていただいています。マスターズは一年を通して全国で大会が行われますが、70歳を超えても100メートルを14秒で走る選手が何人もいます。すごい身体です。まだ分析中なので具体的なお話はできませんが、年齢を重ねても高い運動能力を維持している人たちの腸内細菌には、オッ!と驚く注目すべき点もあるんですよ。もっと分析してみます。これからどんなことがわかるか、楽しみにしています」

 うんちには強いにおいもあり、きたないものとしてどうしても目を背けがちだ。しかし、そこには私たちが健康を維持するための大切な情報がつまっている。

「まず、自分や家族のうんちを毎日見ていただきたい。排泄したらすぐに流さずに、チェックしていただきたい。結婚したころ、僕は太いバナナシェイプのうんちが出ると、妻に見せました。妻にもどのようなうんちが出ているかとしつこく聞きました。健康のバロメーターだから、と。女性ですから、もちろん嫌がられました」

 それでも、粘り強く観便の大切さを説いた。

「妻もうんちを見る習慣がつきました。僕が子どものころに、母親が僕に対して説いていた心がけを今度は僕が妻や12歳と8歳の娘二人にもやってもらっているんですよ。状態のいいうんちを出す意識をもつと、栄養バランスのいい、品数の多い食事を摂ることを心がけるようにもなります。今は家族全員が毎日健康的なうんちをして、元気です」

 観便をすると食生活への意識も高くなり、健康へのプラスのスパイラルが生まれるのだ。

鈴木啓太(すずきけいた)
AuB代表取締役。元プロサッカー選手。Jリーグ、浦和レッドダイヤモンズで16年間プレー。日本代表選手としても28試合出場。2015年のシーズンで引退。同年にベンチャー企業、AuBを創業。アスリートの腸内細菌を分析し、サプリメントAuB BASEを発売。現在は自社ECサイトAuB STOREにてサプリメントやプロテインを販売。

神舘和典(こうだてかずのり)
うんちジャーナリスト。著述家。1962年東京都生まれ。音楽をはじめ多くの分野で執筆。『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』など著書多数。共著に『うんちの行方』(いずれも新潮新書)。

「週刊新潮」2021年9月16日号 掲載

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