世界最高齢119歳「田中カ子」さん逝去 45歳ですい臓、103歳で大腸がん克服…長寿の秘訣を語っていた

世界最高齢119歳「田中カ子」さん逝去 45歳ですい臓、103歳で大腸がん克服…長寿の秘訣を語っていた

田中カ子さん

 世界最高齢だった田中カ子(かね)さんが、4月19日に亡くなっていたことが分かった。享年119。週刊新潮は2年前に田中さんに密着取材を行い、「めでたい116歳ライフ」を特集。オセロ名人の素顔も見せてくれていた。(以下は「週刊新潮」2019年8月29日号に掲載されたものです)

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 令和初の盆休みでは、久々に家族皆で顔を合わせたという方もいただろう。祖父母の声に耳を傾け自身のルーツに思いを馳せる。仮に田中カ子さんを家族に持っていたなら、話題は時計の針を優に100年も前に戻すようなものだったに違いない。

 彼女がこの世に生を享けたのは、1903(明治36)年のこと。かのライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功し、日本では桂太郎が総理大臣を務め、翌年には日露戦争が勃発している。

 01年には昭和天皇が誕生されてもいるが、妃となった香淳皇后をはじめ、カ子さんの生まれ年には映画監督の小津安二郎や俳優の片岡千恵蔵、作家では山本周五郎や小林多喜二に林芙美子など錚々たる歴史上の人物が誕生している。まさに「時代の生き証人」として、彼女は今年3月9日にギネスワールドレコーズ社から「存命中の世界最高齢者」として認定されたのだ。

 孫5人、ひ孫8人に囲まれる彼女の日常は後ほど詳しく紹介するが、まず驚くべきはカ子さんの「病歴」である。世界最長寿者となれば五体頑健、病気とは無縁の人生を過ごしてきたかと思えばさにあらず。今や日本人の2人に1人が患うがんに、カ子さんは2度もなって克服したサバイバーなのだ。1度目は45歳ですい臓がん、そして2度目はなんと103歳で大腸がんの手術を受けた。その他にも、35歳の時にパラチフスに罹り、76歳で胆石の除去手術、90歳で白内障の手術も経験。少なくとも内臓系疾患で3度も手術を受け、その度に驚異の生命力で回復してきた。

 掲載の年表をみても分かるとおり、カ子さんは生まれ育った福岡県の和白(わじろ)尋常高等小学校を卒業後、当時の多くの女性たちがそうだったように、近隣の村々の家へ子守り奉公に出た。赤ん坊を背負う「おしん」の姿を彷彿させるが、19歳で結婚した後は夫の実家である「田中餅屋」の店先で、食品全般を商う最前線に立つ。商才に長け早くから機械化に熱心だった夫は、近隣の農家が収穫した小麦を自家製粉してうどん店なども営み、5人の子を儲けた。60代で一線を退いたが、餅屋はカ子さんが88歳の時に創業100周年を迎えている。

 子供を育て上げ家業も発展、あとは悠々余生を過ごす筈だったカ子さんにとって、まさに100歳を超えてから見つかった大腸がんは人生最大の危機といってよい。そもそも、100歳以上のがんの手術例は日本でも10人前後で、当時103歳の手術は過去5例に満たない。手術を担当した大腸がんの権威である順天堂大学医学部の鎌野俊紀教授(当時)にとっても、最高齢の患者だったという。

 その病状は、9年前に出版された彼女の評伝『花も嵐も107歳 田中カ子・長寿日本一への挑戦』(花田衞著・梓書院)に詳しい。

〈ガンは大腸下部でS字状に曲がって直腸につながる部分に見つかった。S状結腸ガンと呼ばれる。(中略)「最高齢なので最悪の場合、人工肛門になるかもしれない」と(医師に)言われた。ガンにはステージ0からI〜IVまで5段階あり、0が一番早期で軽く、これは完治する。IVが最も進行しているが、カ子のガンはステージIIで「ガンが大腸の壁の外まで浸潤している」という第3段階だった〉

 腸閉塞が進行しており癒着が強く、また年齢上、全身麻酔の加減も難しく開腹手術は困難を極めたが、最終的には腸を20センチ切除して無事に終了。幸い転移もなかったが、鎌野教授が病床のカ子さんに声をかけると、「ビールが飲みたい」と答えたというから、驚くばかり。もちろん、カ子さんが筋金入りの酒豪だったというわけではない。

 ギネス記録の認定証を手渡され、「人生で一番楽しかった時は」と尋ねられたカ子さんが、「今!」と答え周囲を和ませたように、明るくユーモアに溢れた気のいいおばあちゃんなのである。


■ボケとツッコミ


「カ子さんはとってもお茶目な方なんですよ」

 とは、彼女が入居する介護施設「グッドタイムホーム1 海の中道」(福岡市東区)の職員で、介護福祉士の廣田耕作氏(43)だ。

「カ子さんは職員の服を引っ張ったり、指でつんつんとしたりちょっかいを出してくる。何だろうと職員が振り向くと、彼女はとぼけて知らん顔。冗談で人とコミュニケーションをとるのが上手で、協調性もあるから施設でも友人が多いんです。最近は耳が遠くて聞こえる時と聞こえない時があり、長い会話を伴うコミュニケーションは難しい代わりに、挨拶や握手、手を振るという仕草を欠かしません。いつも笑顔で明るい性格なので、周りに自然と人が集まる人気者です」

 ひときわ暑いお盆の最中、本誌(「週刊新潮」)記者が福岡の施設を訪ねると、ニッコリ笑い手を合わせ、丁寧に会釈をするカ子さんの姿があった。

 で、さっそく彼女は隣に座る男性が自分と違う方向を向いているのを幸いに、わき腹をちょんとつつく。驚いた彼が顔を向けると、素知らぬ顔を決め込むのだ。続けてカ子さんが「何か食べたい」と言ったのを聞いたこの男性。仕返しとばかりに食べ物を渡す真似をしたところ、彼女はそれを受け取り口に運ぶフリをする。最後は、“何もないじゃない”と両手を開き、おどける仕草をして笑うのだった。

 ボケとツッコミの一人二役。「芸人・カ子さん」の一面を垣間見させてくれた。

 再び廣田氏が話すには、

「冗談ばかりでなく、カ子さんは周囲への気遣いが凄い。例えば、介護職員が入居者の世話で手一杯の時に『私はいいから、他の人の面倒を見に行きんしゃい』と声をかけてくれる。周囲の様子を本当によく観察していて気を配るので、職員もカ子さんの人間性を尊敬しているんですよ」

 齢116の彼女からすれば、80代、90代の超高齢者も息子や娘の世代にあたる。カ子さんは施設では“入居者の母”として慕われているんだとか。


■食後のコーヒーも楽しむ


 施設が月2回行う体操の時間にも必ず顔を出す。皆と一緒に童謡や美空ひばりの歌に合わせ1時間、座ったままのリズム体操で汗を流す。動作を間違うこともあるが、ミスを素直に認めて笑い合うことで免疫力が上がる効果があるそうだ。

 入居する「グッドタイムホーム1 海の中道」(福岡市東区)の職員で、介護福祉士の廣田耕作氏(43)はこうも言う。

「周囲を意識する社会性も、長生きの重要な秘訣なんだと思います。私はカ子さんが2005年に102歳で入居してから様子を見ていますが、10年経っても生活レベルがほとんど変わらない。シルバーカーという補助器具は使いますが、車イスではなくちゃんと自分の足で歩きますし、この年齢になれば夜はオムツをはくのが普通なのに、夜も自分で目が醒めてトイレに行く。入浴も手が届かないところは介護士の助けを借りますが、自分で洗えるところは自分でやってしまう。食事も自らの手でスプーンを握って口に運んでいます」

 施設管理者である佐藤美千代氏(64)に訊いても、

「ここまで高齢の方なら、スプーンを口に運んであげて食べて貰うのが普通ですから、介助なしで食べられるのは本当に凄いこと。食事中も、あれが食べたいとか、自分の要求をしっかり言ってくる。一見するとわがままのように思われるかもしれませんが、そういう欲求を持っていることが強い生命力の源になっているのだと思います」

 食事は他の入居者と同じメニューを三食しっかり平らげる。本誌(「週刊新潮」)がお邪魔した8月16日の昼食は、牛肉コロッケ、ガーリックバターソテー、キャベツのごま和え、セロリの漬け物、鰯のつみれ汁におかゆと果物。これらは飲み込みやすいようペースト状にされているが、カ子さんは自らの手でスプーンにすくい、20分ほどかけてゆっくり味わう。食事中も笑みを絶やさず美味しそうに食べ、最後には親指と人差し指でOKサインを出して満足そう。感想を問うと、笑顔でパチパチと拍手をしてくれた。

 朝食後の日課であるコーヒーを、この日はランチ後にも口にした。インスタントのコーヒーにミルクをたっぷり。甘い味を好むとか。


■炭酸飲料が好き


 佐藤氏によれば、

「サイダーなどの炭酸飲料を飲むのが好きで、最近のお気に入りはオロナミンC。栄養バランスも考えて、昼食後に1日1本しか供さないようにしているんですが、カ子さんは『もっと飲みたい』とよく言います。それで、オロナミンCの瓶に他の飲料を入れてみると『これは違う』としっかり指摘されてしまいます」

 この日は三ツ矢サイダーが用意され、コップに注がれてシュワシュワと音が鳴り炭酸飲料だと分かると、手を叩いて喜ぶ。本誌記者と乾杯したのだが、その途中でもカ子さんは、「なんか食べたい」と言い出して、スナック菓子のうまい棒を貰っていた。袋を器用に剥いて頬張るが、朝昼晩の三食におやつも配るホームで、さらに食べ物を欲する入居者はカ子さんだけらしい。

 炭酸水は血管を拡張し、心肺機能が強化され食欲増進につながる効能があるとされるし、その旺盛な食欲も長寿の秘訣に違いない。

 加えて食器が下げられると、カ子さんは悲しそうな顔をしてこう言った。

「私、食べていない」

 困惑した職員に“もう食べましたよ”と諭されても、首を横に振って食べていないと繰り返すのだ。

 ある入居者曰く、

「カ子さんはね、本当に忘れてしまうのか、食べてないと言う時があるの」

 これもまた、もの忘れを演じる彼女なりのユーモアなのでは……。

 実際のところ、彼女の頭はしっかりしていて認知症などの兆候は見られない。

 先の廣田氏が言うには、

「毎朝オセロをやるのが日課で、その強さは誰もが認めるところ。入所当時は私が本気で挑んでも勝てず、どの職員も太刀打ちできなかったのでは」

 往時に比べ多少の衰えが見られるそうだが、ひ孫ほど離れた20代前半の本誌記者が挑んでみた。敢えて明かせば筑波大附属駒場高、東大卒の若者が戦った結果は、4枚差で彼女の勝ち。

 そこに置けば有利になる四隅の部分はしっかり狙ってくるし、相手がひっくり返せるのを忘れたところがあれば指摘する余裕をみせる。そんなカ子さんの頭の健康を支えているのは、週に1回の「脳トレ」だった。

 この施設では、入居者の年齢や健康状態に合わせ学習プリントを配布している。

 たとえば、慣用句の穴埋めや漢字の書き取り、計算問題に取り組むのだが、カ子さんは先生からプリントを受け取ると、鉛筆を握りしっかり今日の日付を8月16日と書き、自分の名前も漢字で記した。この日は、4+4や7−1などの1桁同士の足し算と引き算のプリント1枚と、1桁の掛け算のプリント4枚、さらに2桁と1桁の足し算のプリント1枚の計6枚が配られた。数字を書くスピードはゆっくりだが、手で数えているような様子もなく、頭の中でしっかりと集中して計算している様子が見てとれる。30分ですべてに解答したが、どのプリントも全問正解! 100点満点だ。

 前出の佐藤氏は、

「勉強するのも好きで、未だに好奇心旺盛なところが長寿に繋がっていると思います。自分は丁稚奉公をして勉強ができなかったから、今できるのが楽しいと仰います。脳トレの時間が本当に楽しみだそうで、カ子さんはお餅を売る店を営んでいたので計算は得意ですね」


■「年寄りの冷や水」


 12歳から働いてきたカ子さんは、ノートとペンを肌身離さず、仕事の合間にも日々の印象的な出来事を綴る習慣を持っていた。メモ魔だった彼女が“執筆活動”を本格化させたのは、40代後半から。渡米した兄の影響で、終戦後、地元に設立されたキリスト教会に入信し洗礼を受けたことで、聖書の教えや本などから着想を得た言葉を熱心に書き込んでいった。

 その一節を紹介すると、

〈老人が老春を謳歌してどこがわるい〉

〈大切なことは年寄りらしく生きることではなく、自分のペースの許す範囲で最大限に心を若く保つこと〉

〈年寄りの冷や水 歳をとると無理なことはしないものだが若い人に負けないくらい元気なところをみせつけること。私が時々こんなことして反省しています。ごめんなさい カ子〉

 独特の人生訓が綴られたノートは、閲覧自由で周囲の人々に回し読みもされ、評判を博しているのだ。

 そんな老いも病もものともせぬ母に対し、息子たちが「長寿日本一を目指そう」とカ子さんを励ましたことがあった。その際、彼女は「ようし、がんばるぞぉ」とおどけて周囲を笑わせたそうだが、遂には「日本一」どころか「世界一」の称号を手にするに至った。

 そんな彼女は最近、「あと5年は生きる」と呟くこともあるそうだ。男女合わせた歴代の長寿者で記録に残る世界最高齢は、97年に亡くなったフランス人のジャンヌ・カルマンさんの122歳。日本人の最長寿記録は昨年亡くなった田島ナビさんの118歳。共に女性でカ子さんもあと5年と言わず6年、7年と長生きすれば、人類史を塗り替える可能性もあるのだ。どうか酷暑に負けず末永くお元気で――。そう思わずにはいられない、めでたい「116歳ライフ」なのである。

「週刊新潮」2019年8月29日号 掲載

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