必要のない「すみません」は相手を悪者にする その「礼儀正しさ」は不快と思われる5例

必要のない「すみません」は相手を悪者にする その「礼儀正しさ」は不快と思われる5例

Illustration ニャロメロン

「じつはこれは失礼な行為である」

「厳密にはこれも失礼に当たる」

 当失礼研究所は、そんなふうに重箱の隅をつついて「失礼」を作り出すために、研究を重ねているわけではありません。

 基本の失礼は押さえつつも、自分と周囲が日々を平和に穏やかに過ごすために、失礼とどう付き合っていけばいいかを考えていく所存です。

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「礼儀正しい人になること(礼儀正しい人と思われること)」は、私たちにとって人生の目標のひとつ。当研究所も失礼の正体をあぶり出しつつ、間接的に「礼儀正しさ」とは何かを追究しています。

 この「礼儀正しさ」というヤツは、なかなかの曲者。穏やかそうに見せつつ、じつは意地悪で凶悪で危険な一面を持っています。

 上司である課長に「このあいだの企画書、よかったよ」とホメられたとしましょう。嬉しさを押し隠して、渋い顔で「いえいえ、まだまだです」と謙虚に答えるのは、本人は礼儀正しいつもりでも、けっこう失礼。励ましを込めてホメてくれた上司の気持ちを踏みにじっているし、いい企画書だと思った判断にケチをつけていることにもなります。

 同僚に「髪切ったんだね。似合ってるよ」とホメられたときも、つい「いやあ、切り過ぎちゃって」といった返しをしがち。これも、テレ臭いのはわかるのですが、ホメてくれた相手をガッカリさせます。しかも相手は、「そんなことないよ。バッチリだよ」などと、さらなるホメ言葉を繰り出さざるを得ません。

 どちらのケースも、相手はこちらを喜ばせようとして言ってくれています。前者は「ありがとうございます。課長のご指導のおかげです」と感謝しつつ相手を持ち上げ、後者も「ありがとう。そう言ってもらえてホッとしたよ」と感謝と嬉しさを伝えましょう。それが、お互いが幸せな気持ちになれる、「礼儀正しさ」の有効活用です。

 今回は、相手を不快にさせたり自分の株を下げたりなど、多くの危険をはらんだ「礼儀正しさ」について考えてみましょう。けっして、「これも失礼、あれも失礼」と“失礼認定”に精を出したいわけではありません。礼儀正しいつもりの行為が裏目に出かねないケースをチェックすることで、無自覚の失礼を避ける参考にしてもらえたら幸いです。


■「逆に失礼」なケース


 日夜「失礼」の事例を集めている当研究所の調査員たちが、こっそり心のメモにつづった「むしろ不快だったり迷惑だったりする礼儀正しさ」の例をあげてみましょう。

【借りを作りたくない一心で急いで過剰にお返しをする】

 親切を受けたり、お土産をもらったりしたとき、相手に「借り」がある状態が耐え切れないのか、あわててお菓子などを買ってきてお返しをしたがる人がいます。本人は礼儀正しく振る舞ったと安心しているかもしれませんが、相手は「そんなつもりじゃなかったのに」と戸惑い、自分が悪いことをした気分にさせられるかも。好意をありがたく受けるのも、大事な「礼儀正しさ」です。

【せっかくホメられているのに謙遜しつつ否定する】

 冒頭の例もこれに該当します。ホメ言葉に対する最大の返礼は、その言葉を喜ぶこと。テレるという喜びの表現もありますが、お礼のひと言は欠かせません。「とんでもない」「私なんて」と全力で謙遜するのは、相手の気遣いを無下に拒絶する態度です。ただし、下心丸出しのセクハラ風味なホメ言葉は、冷たい口調で「もう結構です」と返すなどして、丁重に拒絶しましょう。

【ホメるつもりで言った言葉がイヤミに響いてしまう】

 的確にホメ言葉を繰り出せるのも、「礼儀正しさ」のひとつ。しかし、ホメたい気持ちがアダになるケースもあります。「私と違ってあなたは頭がいいから」「高学歴だと出世が早いね」「さすが大手はうらやましいなあ」といったセリフは、時と場合によってはイヤミに聞こえかねません。休日の過ごし方の話題などで、ホメようとして「意外な一面があるんですね」と言うのも危険。相手は「どんな人間だと思ってたんだ……」と不安になるでしょう。

【「大丈夫です」と遠慮して結果的に周囲に気を使わせる】

 やせ我慢をして、あくまで人に頼らないことが「礼儀」だと思っているのでしょうか。仕事が溜まっている状況を見かねた同僚に「手伝おうか」と手を差し伸べられても、「大丈夫です」と頑なに振り払う人がいます。「いっしょにお弁当買ってくるよ」と声をかけられても、「大丈夫です」と遠慮してお昼を食べそこなっていたり……。ひとりよがりな「礼儀正しさ」は、結果的に周囲に気を使わせてしまいます。

【必要のない「すみません」は相手を悪者にしてしまう】

 自分にミスや落ち度があったときに、「すみません」「申し訳ありません」と謝るのは当然です。しかし、自分の言葉を上司が勘違いしていて「そっか、A社じゃなくてB社の話だったね」と言っている場面で、反射的に「すみません」と謝るのはけっこう失礼。そんなつもりはなくても、謝られた上司は「理不尽に部下を責めている人」にされた気になるでしょう。「ありがとう」の代わりに「すみません」を言うのも、時に同じ危険をはらんでいます。

 そのほか、オブラートに包み過ぎてどう対処していいかわからないお願いになったり、「心配している自分」や「悲しんでいる自分」をアピールしたくて、相手の気持ちや迷惑を顧みずに長々とどうでもいい話を続けたり……。「礼儀正しさ」は、ちょっと油断すると、さまざまな失礼を生んでしまいます。


■いいほうに受け止めよう


 とはいえ、人と人とのコミュニケーションにおいて、時に思いが食い違うのは仕方ありません。相手の発言に「あれ?」と違和感を覚えたとしても、悪気がなさそうなら、全力でいいほうに解釈しましょう。それこそが対人関係におけるもっとも大切な礼儀であり、無駄なストレスを抱えない生活の知恵です。

 逆に、もっとも失礼で本人もきっとつらいのは、他人の発言や行動を「悪いほうに悪いほうに」受け止めること。そういう性分の人は、周囲に呪詛や負のオーラをまき散らすのも大好きです。もし周囲にいる場合は、表面的な礼儀正しさを駆使して、全力で遠ざけましょう。

 そして、人並み以上に礼儀正しくて気遣いができるタイプの人が陥りがちなのが、「他人にも自分と同程度の礼儀正しさや気遣いを求めてしまう」という落とし穴。

「礼儀正しさ」や気遣いなんて、本人が好きでやっていることです。相手が同じようにしてくれないからといって、怒ったり「なんて気が利かないヤツだ」と見下したりするのは、礼儀や気遣いのカケラもない態度に他なりません。勝手におせっかいを焼いておいて「こんなに親切にしてあげたのに」と腹を立てるパターンもあります。

 策士は策に溺れるし、礼儀正しい人は礼儀正しさに溺れがちですね。

石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
1963年三重県生まれ。「失礼とは何か」を追究する失礼研究所所長。コラムニスト。大人力研究の第一人者でもある。『大人力検定』など著書多数。

ニャロメロン
1988年大分県生まれ。大分大学漫画研究部在席時より、サイト「週刊メロンコリニスタ」を立ち上げ、ツイッター等でも漫画を発表。『凝縮メロンコリニスタ』『ベルリンは鐘』『バンバンドリドリ』『マウントセレブ金田さん』等、著書多数。

「週刊新潮」2022年6月16日号 掲載

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