働き盛り世代を襲う「スマホ認知症」の恐怖

■ジワリと増え続ける「スマホ認知症」の恐怖(1/2)


 猫も杓子もスマホを持つ時代、ジワリと増え続ける病があるという。「もの忘れが酷くなった」、「寝不足で疲れがとれない」……。そんなあなたの脳は「スマホ認知症」に冒されているかもしれない。“魔法の小箱”が招く恐怖に、はたして現代人が立ち向かう術はあるのか。

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 梅雨が明け真っ青な空に白い雲が湧き立てば、いよいよ夏本番だと晴々しい気持ちになるところ。けれど街を見渡せば、多くの人がスマートフォンを手に俯(うつむ)いて、空を楽しむ余裕など持ち合わせてはいない。

 すでに危険な「歩きスマホ」が社会問題となって久しいが、2010年からスマートフォンの普及率は急激に増加している。総務省によると携帯利用者の20代から30代の実に9割がスマホを保有。アナログ世代の中高年でも、その数は60代で7割、70代で4割なのだ。

 ちょっとした調べものから子供とのコミュニケーションまで、すべてをこなしてくれるスマホは生活に欠かせない。だが便利な一方、過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し。ジワリと増え続ける「現代病」が、臨床の現場で問題となっているという。

「この5年くらいで、スマホが原因で脳の不調を訴える患者が増えました」

 と話すのは、『「朝ドラ」を観なくなった人は、なぜ認知症になりやすいのか?』(幻冬舎、近日刊)の著者で、おくむらメモリークリニック院長を務める脳神経外科医の奥村歩(あゆみ)氏だ。

「私は岐阜で『もの忘れ外来』を開設していますが、全国から大勢の方が訪れて、これまで10万人を超える患者さんが来院し、現在でも1日100名以上の相談に応じています。大半はお年寄りですが、ここ5年くらいで働き盛りの若い世代が目立って多くなってきたのです。共通するのは、スマホやパソコン、タブレット端末などIT機器のヘビーユーザー。スマホを肌身離さず持ち歩き、食事中だろうとベッドの中だろうと、絶えず情報をチェックしている人が目立ちますね」

 彼らが口々に訴える症状は、サラリーマンなら致命的なミスが多いそうだ。

「取引先の名前を失念したり、大事な会議があることをすっかり忘れてしまったというケースや、用があってコンビニへ向かったのに、何を買いに来たかを忘れてしまう。たまにあるくらいなら笑って済ませても、頻繁に起これば自分の頭の中が心配になってくるのも無理はありません」(同)

 脳の処理能力が落ちるこうした状態を「脳過労」と呼ぶが、特にスマホなどのIT機器に頼りすぎて脳機能が低下した状態を、奥村氏は「スマホ認知症」と名付けた上でこうも言う。

「予めお断りしておくと、本来の『認知症』とはアルツハイマー病のように脳の機能が元に戻らない、不可逆的な状態を指しますが、『スマホ認知症』はまだ認知障害を起こしているレベル。正式な病名ではありませんが、あえて『認知症』と呼ぶのは、その方が多くの人に警鐘を鳴らすことができると思ったからです」


■スマホを使うほど学力低下…7万人調査


 海外でもIT依存は問題になっており、『デジタル・デメンティア(デジタル認知症:デジタル認知障害)』などと呼ばれていると、奥村氏は続ける。

「IT先進国の韓国でも、バランス脳センターのビョン・ギウォン医師が“デジタル機器に頼りすぎた若者には、脳損傷者や精神疾患患者と同じような認知能力の低下がみられる”と報告していますし、ドイツのマンフレッド・シュピッツァー医師は、大人だけでなく子供の脳にも悪影響をもたらすと指摘。警戒する動きは、世界的に広がっています」

 実際、日本医師会と日本小児科医会が17年2月に発表したポスターには、こんなフレーズが書かれて話題となった。

〈スマホを使うほど、学力が下がります〉

 これを裏付けるデータが、文科省による「全国学力・学習状況調査」である。小学校6年生の場合、携帯電話やスマホの使用時間が1日30分未満の生徒は国語の試験結果が74点なのに対し、4時間以上だと62点と低い。同じ条件で算数なら79点と66点となった。中学3年生でも、国語で82点に対し73点、数学は72点と55点だったのだ。

 東北大学の川島隆太教授と仙台市教育委員会が7万人規模で行った追跡調査は、もっと深刻な結果を示した。

 たくさんの種類のアプリをいじっていた生徒ほど、数学・国語・理科・社会の平均点が低くなったという。例えば、「2時間以上勉強していて、3つ以上のアプリを使う子」は、「ほぼ勉強しないで、スマホを使わない子」よりも平均点が低くなってしまったのである。

 川島教授が解説するには、

「調査で明らかになってきたのは、スマホを使い続けると成績は下がり、使っていないと若干上がっていく。途中で使いだせば、良かった成績が下がりだすということです。スマホを長時間使う子供たちは、脳の発達に悪影響が生じていることが想定できると思います」


■脳が「ゴミ屋敷」になる


 大人から子供に至るまで、静かに人々を蝕むスマホの害悪はなぜ起こるのか。

 そのメカニズムを改めて奥村氏に訊くと、

「人間は受け取る情報を脳の中にある前頭前野という部分で処理しています。スマホに依存した生活を送ると、インプットされる情報が多すぎて脳が疲労してしまい、処理能力が大幅に低下し、もの忘れやケアレスミスを起こすのです」

 脳を「図書館」に例えると分かりやすいという。

「本来、図書館は新しい本が入ってきても、毎日ジャンルごとに分類してストックしています。ところが、どうでもいいようなつまらない本や雑誌が大量に入ってきてしまうと作業が追い付かず、あっという間にゴミ屋敷のようになってしまう。ちゃんと決まった書架に保管されていれば、本を必要な時にスッと取り出せるのに、散らかっていたら見つけるのに時間がかかります。それと同じで、スマホから過剰な情報を頭に入れ続けると、脳に記憶したはずの情報が“行方不明”になりやすく、なかなか思い出すことができなくなるのです」(同)

 脳の情報処理には幾つかの段階があって、ヒトがボーッとする際に活性化する「デフォルトモード・ネットワーク」という回路が、情報を整理する役割を担う。つまり、何もしない無為な時間を脳に与えておかないと、回路が正常に働きにくくなってしまうというわけだ。

 さらに、脳の前頭前野は感情をコントロールする機能も持つ。そこが疲労すれば、理性的な判断に影響を及ぼすと奥村氏は指摘する。

「近ごろイライラしたり怒りっぽくなった、と思う方はスマホ認知症がかなり進行している可能性があります。そうなるとうつ病を発症するリスクが増大し、最終的にはアルツハイマー型認知症に至る場合もあります。一般的に30代から50代の方なら今すぐ発症はしませんが、脳の老化や疲労が進んだ状態を放置し続けていれば、高齢になって本物の認知症を発症するリスクが高まるのです」

 患者は何らかの睡眠トラブルを抱えているそうだ。

「なかなか寝つくことができなかったり、眠りが浅く夜中に目が醒めてしまうなどの不眠症状を皆さん訴える。これはスマホ特有の『光の問題』が関係しています。IT機器の画面から放たれる光には、ブルーライトという波長の短い光が多く含まれ、就寝時にこれを浴びればメラトニンと呼ばれる睡眠ホルモンの分泌量が落ちるのです。脳は寝ている間に疲労物質を代謝したり傷ついた細胞を修復しますから、睡眠が不足すれば情報処理能力は低下する。スマホを使うことで悪循環の連鎖が断ち切れなくなるのです」(同)

 とはいえ、スマホなくしては、もはや仕事にならない。SNSで家族や友人たちに連絡をとれなくなるのは困るだろう。何かよい付き合い方はないものか。

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年8月8日号 掲載

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