116歳「ギネス世界最高齢者」は東大卒の若者に完勝する「オセロ名人」だった

■世界最長寿「田中カ子さん」のめでたい「116歳ライフ」(2/2)


 福岡県の介護施設で暮らす田中力子(かね)さんは、現在116歳。明治から令和まで五つの時代を生きた「存命中の世界最高齢者」のギネス記録を持つ。45歳ですい臓がん、103歳で大腸がんの手術を受けるも、周囲と冗談でコミュニケーションを交わすほどお元気だ。カ子さんの長寿の秘訣に迫る。

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 施設が月2回行う体操の時間にも必ず顔を出す。皆と一緒に童謡や美空ひばりの歌に合わせ1時間、座ったままのリズム体操で汗を流す。動作を間違うこともあるが、ミスを素直に認めて笑い合うことで免疫力が上がる効果があるそうだ。

 入居する「グッドタイムホーム1 海の中道」(福岡市東区)の職員で、介護福祉士の廣田耕作氏(43)はこうも言う。

「周囲を意識する社会性も、長生きの重要な秘訣なんだと思います。私はカ子さんが2005年に102歳で入居してから様子を見ていますが、10年経っても生活レベルがほとんど変わらない。シルバーカーという補助器具は使いますが、車イスではなくちゃんと自分の足で歩きますし、この年齢になれば夜はオムツをはくのが普通なのに、夜も自分で目が醒めてトイレに行く。入浴も手が届かないところは介護士の助けを借りますが、自分で洗えるところは自分でやってしまう。食事も自らの手でスプーンを握って口に運んでいます」

 施設管理者である佐藤美千代氏(64)に訊いても、

「ここまで高齢の方なら、スプーンを口に運んであげて食べて貰うのが普通ですから、介助なしで食べられるのは本当に凄いこと。食事中も、あれが食べたいとか、自分の要求をしっかり言ってくる。一見するとわがままのように思われるかもしれませんが、そういう欲求を持っていることが強い生命力の源になっているのだと思います」

 食事は他の入居者と同じメニューを三食しっかり平らげる。本誌(「週刊新潮」)がお邪魔した8月16日の昼食は、牛肉コロッケ、ガーリックバターソテー、キャベツのごま和え、セロリの漬け物、鰯のつみれ汁におかゆと果物。これらは飲み込みやすいようペースト状にされているが、カ子さんは自らの手でスプーンにすくい、20分ほどかけてゆっくり味わう。食事中も笑みを絶やさず美味しそうに食べ、最後には親指と人差し指でOKサインを出して満足そう。感想を問うと、笑顔でパチパチと拍手をしてくれた。

 朝食後の日課であるコーヒーを、この日はランチ後にも口にした。インスタントのコーヒーにミルクをたっぷり。甘い味を好むとか。


■炭酸飲料が好き


 佐藤氏によれば、

「サイダーなどの炭酸飲料を飲むのが好きで、最近のお気に入りはオロナミンC。栄養バランスも考えて、昼食後に1日1本しか供さないようにしているんですが、カ子さんは『もっと飲みたい』とよく言います。それで、オロナミンCの瓶に他の飲料を入れてみると『これは違う』としっかり指摘されてしまいます」

 この日は三ツ矢サイダーが用意され、コップに注がれてシュワシュワと音が鳴り炭酸飲料だと分かると、手を叩いて喜ぶ。本誌記者と乾杯したのだが、その途中でもカ子さんは、「なんか食べたい」と言い出して、スナック菓子のうまい棒を貰っていた。袋を器用に剥いて頬張るが、朝昼晩の三食におやつも配るホームで、さらに食べ物を欲する入居者はカ子さんだけらしい。

 炭酸水は血管を拡張し、心肺機能が強化され食欲増進につながる効能があるとされるし、その旺盛な食欲も長寿の秘訣に違いない。

 加えて食器が下げられると、カ子さんは悲しそうな顔をしてこう言った。

「私、食べていない」

 困惑した職員に“もう食べましたよ”と諭されても、首を横に振って食べていないと繰り返すのだ。

 ある入居者曰く、

「カ子さんはね、本当に忘れてしまうのか、食べてないと言う時があるの」

 これもまた、もの忘れを演じる彼女なりのユーモアなのでは……。

 実際のところ、彼女の頭はしっかりしていて認知症などの兆候は見られない。

 先の廣田氏が言うには、

「毎朝オセロをやるのが日課で、その強さは誰もが認めるところ。入所当時は私が本気で挑んでも勝てず、どの職員も太刀打ちできなかったのでは」

 往時に比べ多少の衰えが見られるそうだが、ひ孫ほど離れた20代前半の本誌記者が挑んでみた。敢えて明かせば筑波大附属駒場高、東大卒の若者が戦った結果は、4枚差で彼女の勝ち。

 そこに置けば有利になる四隅の部分はしっかり狙ってくるし、相手がひっくり返せるのを忘れたところがあれば指摘する余裕をみせる。そんなカ子さんの頭の健康を支えているのは、週に1回の「脳トレ」だった。

 この施設では、入居者の年齢や健康状態に合わせ学習プリントを配布している。

 たとえば、慣用句の穴埋めや漢字の書き取り、計算問題に取り組むのだが、カ子さんは先生からプリントを受け取ると、鉛筆を握りしっかり今日の日付を8月16日と書き、自分の名前も漢字で記した。この日は、4+4や7−1などの1桁同士の足し算と引き算のプリント1枚と、1桁の掛け算のプリント4枚、さらに2桁と1桁の足し算のプリント1枚の計6枚が配られた。数字を書くスピードはゆっくりだが、手で数えているような様子もなく、頭の中でしっかりと集中して計算している様子が見てとれる。30分ですべてに解答したが、どのプリントも全問正解! 100点満点だ。

 前出の佐藤氏は、

「勉強するのも好きで、未だに好奇心旺盛なところが長寿に繋がっていると思います。自分は丁稚奉公をして勉強ができなかったから、今できるのが楽しいと仰います。脳トレの時間が本当に楽しみだそうで、カ子さんはお餅を売る店を営んでいたので計算は得意ですね」


■「年寄りの冷や水」


 12歳から働いてきたカ子さんは、ノートとペンを肌身離さず、仕事の合間にも日々の印象的な出来事を綴る習慣を持っていた。メモ魔だった彼女が“執筆活動”を本格化させたのは、40代後半から。渡米した兄の影響で、終戦後、地元に設立されたキリスト教会に入信し洗礼を受けたことで、聖書の教えや本などから着想を得た言葉を熱心に書き込んでいった。

 その一節を紹介すると、

〈老人が老春を謳歌してどこがわるい〉

〈大切なことは年寄りらしく生きることではなく、自分のペースの許す範囲で最大限に心を若く保つこと〉

〈年寄りの冷や水 歳をとると無理なことはしないものだが若い人に負けないくらい元気なところをみせつけること。私が時々こんなことして反省しています。ごめんなさい カ子〉

 独特の人生訓が綴られたノートは、閲覧自由で周囲の人々に回し読みもされ、評判を博しているのだ。

 そんな老いも病もものともせぬ母に対し、息子たちが「長寿日本一を目指そう」とカ子さんを励ましたことがあった。その際、彼女は「ようし、がんばるぞぉ」とおどけて周囲を笑わせたそうだが、遂には「日本一」どころか「世界一」の称号を手にするに至った。

 そんな彼女は最近、「あと5年は生きる」と呟くこともあるそうだ。男女合わせた歴代の長寿者で記録に残る世界最高齢は、97年に亡くなったフランス人のジャンヌ・カルマンさんの122歳。日本人の最長寿記録は昨年亡くなった田島ナビさんの118歳。共に女性でカ子さんもあと5年と言わず6年、7年と長生きすれば、人類史を塗り替える可能性もあるのだ。どうか酷暑に負けず末永くお元気で――。そう思わずにはいられない、めでたい「116歳ライフ」なのである。

「週刊新潮」2019年8月29日号 掲載

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