「耳」と「認知症」の意外な関係…加齢性難聴、気付かなければリスク増大!

■人は耳から衰える! 「認知症」「うつ病」リスク増大の「加齢性難聴」(1/2)


 加齢によって視力が落ち、足腰が弱れば、本人はもちろん周囲もすぐに気づくだろう。では、耳の場合はどうか。1千万人が悩まされ、認知症リスクを増大させることも判明した「加齢性難聴」。目に見えない災厄の正体と、その対処法を最新の知見から解き明かす。

 ***

 たとえば、家庭内でこんな言葉を投げかけられた経験はないだろうか。

「宅配便を受け取ってほしいと言ったでしょ。どうして居留守ばかり使うの?」

「あらやだ、電子レンジのカレー、とっくに温まってるじゃないの。ほったらかしにしないでよ」

「なんでこんなにテレビの音がうるさいの! 夜中に近所迷惑でしょ」

「明日の予定を聞いただけなのに大声を出さないでよ! いつからそんなに怒りっぽくなったのかしら」

 おそらく家族はこう感じているはずだ。

 あの人は年を取って人が変わってしまった。物忘れはひどいし、注意力も散漫。人の言うことを全く聞いてくれない――。

 これを「老化」のひと言で片づけるのは簡単かもしれない。しかし、家族が口にする苦情には共通点があった。それは「耳の衰え」に由来するということだ。

「聞こえ」の問題は目に見えないため、家族が異変に気づきづらく、また、当の本人に自覚症状がないことも多い。結果、悪意などないにもかかわらず、知らず知らずのうちに周囲を困惑の渦に巻き込んでいる可能性がある。

 このように年齢を重ねることで起きる聴力の衰えが「加齢性難聴」。個人差こそあれ、誰もがその予備軍と言えるのだ。

 川越耳科学クリニックの坂田英明院長がその実状を解説するには、

「現在の日本で加齢性難聴に罹患しているのは1千万人以上と言われています。より詳しく説明すれば、75歳以上の日本人の約半数、さらに85歳以上のおよそ8割が加齢性難聴とのデータもある。今後、高齢化社会が進むにつれて、ますます罹患者が増えることは間違いありません」

 普段あまり聞かない話だが、1千万人を悩ませているとなれば、もはや「国民病」と呼んでも差し支えあるまい。


■女性の声、「か行」「さ行」が聞きづらく…


 坂田氏によれば、「25デシベル」より小さな音を聞き取れれば、聴力は正常と判断される。これは、ヒソヒソ話をする時の声の大きさだ。

 一般的に、そのようなささやき声が聞こえなくなり、騒がしい場所での会話が困難になった状態が「軽度難聴」とされる。続いて、補聴器を使用しないと日常会話で不自由を感じることが増えるのが「中等度難聴」。

 そして、ピアノの音やトラックの走行音など、両耳で70デシベル以上の音しか聞き取れない「高度難聴」になれば、身体障害者手帳の交付対象だ。

「音の大きさに加えて周波数、つまり音の高さも聞こえに影響を及ぼします。加齢性難聴には高音から徐々に聞こえなくなるという特徴があるのです」(同)

 そのため、冒頭で触れたようなインターホンや電子レンジ、さらに体温計などの電子音に気づかないことが増えるのだ。

 また、男性の声よりも女性の声は高いため、こんなトラブルも生じる。

 息子夫婦と同居する中高年男性が、息子とは会話をしているのに、その妻の声には反応しない。実際には女性の声が聞き取りづらいだけなのだが、「お義父さんは私のことだけ無視する」と受け取られてしまう。

 加えて、「加齢性難聴では、日本語のなかでも、か行、さ行、は行といった周波数の高い無声子音は聞き取りづらくなる」(同)ことも無視できない。

 例を挙げると、待ち合わせ時間として告げられた「7時」を「1時」と間違える。他に、「佐藤」と「加藤」や、「お菓子」と「お箸」、「広い」と「白い」の区別がつきづらくなることも。

 こうした問題が高齢者の生活に影を落とすことは言うまでもない。だが、ここ最近、改めて難聴に注目が集まっているのには別の理由があった。

 それは、難聴が「認知症」を引き起こす、“最大”のリスク因子であるとの研究結果がもたらされたからだ。


■糖尿病よりも高リスク


 慶應義塾大学医学部・耳鼻咽喉科教授の小川郁医師によれば、

「日々の生活のなかでは、耳よりも目から得る情報の方が多いかもしれません。しかし、重要なのは耳が言語情報を感知する部位だということです。耳が収集するのは単なる音ですが、それが電気信号となって脳に届けられ、言葉として認識されると、“うれしい”“悲しい”といった情動が起こります。耳が司る音情報の処理はそれだけ脳を活発に動かす。つまり、耳と認知機能には強い関連があるのです」

「聞こえ」と認知機能の関係についての研究は2010年頃から急速に進んだ。

「私はそれ以前から難聴と老人性うつについて調査してきました。そのなかで、高齢者が難聴を放置すると、男性の場合で3倍、女性でも2倍、うつになりやすいという研究結果を得ました。同じ頃、アメリカの研究者は、難聴を放置することで脳の認知機能が実年齢より7歳も年上の状態になると報告しています」(同)

 様々な研究によって難聴と認知症の関連性が解き明かされてきたわけだが、決定打となったのが、イギリスの医学誌「ランセット」が2017年に掲載した論文だった。

 認知症治療に詳しい、くどうちあき脳神経外科クリニックの工藤千秋院長も、この論文には驚きを隠せなかったそうだ。

「論文では“本人が意図すれば改善できる認知症の危険因子”を九つ提示して、リスクを分析。糖尿病や高血圧、肥満などを差し置いて、中年期(45歳以上、65歳未満)以降の難聴を認知症にとって最も大きなリスク要因に挙げたのです。『ランセット』は世界で最も権威ある医学誌なので、さすがに衝撃を受けました。この結果を意外に感じた人も多かったと思います」

 難聴が「聞こえ」の問題に留まらず、認知症の引き金としてクローズアップされたことになる。

「誰だって年を取れば耳が遠くなるんだから仕方ない」とタカをくくっていた向きには、まさに寝耳に水の話であろう。

 こうした耳を塞ぎたくなるような事実を知れば、難聴が中高年にとって「難敵」であることはご理解頂けるはずだ。では、我々は難聴とどう対峙すべきなのか。

(2)へつづく

「週刊新潮」2019年9月19日号 掲載

関連記事(外部サイト)