転んでも骨折しない104歳「田谷きみさん」今も店先に 【続・達者な100歳にはワケがある】

■現役だからめでたい! 続・達者な「100歳」にはワケがある(2/3)


 高齢を迎えても「現役」で活躍する人々に、達者なワケを訊く。「酒は百薬の長」というのは、どうやら本当? 大正4年生まれの104歳、田谷きみさんもお酒を嗜(たしな)むという。千葉県東庄町の老舗和菓子店「菓心あづき庵」の看板娘で、未だに開店直後から店先で接客をこなしている。

 きみさんご本人によれば、

「お酒を飲むのは好き。私は父のために、よく酒屋さんに買いに行っていた。白ワインや大吟醸が好みで、孫も旅行に行った先なんかでお土産に買ってきてくれるんです」

 酒は飲んでも飲まれるな。節度を守ってほろ酔い程度しか口にしないそうだ。

「以前は夕食の時におちょこ1杯ほどを嗜んでいましたが、最近は毎晩というほどではなくなりました」

 と話すのは、菓子職人として共に働くきみさんの孫・等さん(55)。

「今もこちらが勧めると飲みますから、お酒が好きなんでしょう。やっぱり食欲も増しますから健康にはいいんでしょうね。歯は総入れ歯ですけど、普通に噛んで好き嫌いなく皆と同じものを食べる。特別なことといえば、昼食と夕食の間におやつを食べますが、よくチーズ類を食べています。昔から乳製品が好きで、スキムミルクをよく飲んでいる。それがカルシウム貯金になっているのか、100歳を過ぎて転倒した時も幸い骨折はしませんでした」

 白内障の手術は受けたが、これまで大病の経験はないというきみさんは20歳で結婚。所帯を持った昭和9年に、和菓子職人だった夫・國蔵さんと利根川支流のほとり、渡船場の前に店を開いた。

 当初は渡し船の船頭や利用者で活況を呈したが、終戦直後に夫が肺結核で早逝。折しも食糧難で菓子の原料も入手困難という時代に、31歳のきみさんは女手ひとつで子供を育てて店を切り盛りしてきた。現在は長男の廣明さん(83)が引き継ぎ、孫も職人として菓子を作り老舗を支えている。

 もう引退してもいいところ、4年前に100歳を迎えたきみさんに転機が訪れる。町の広報誌で「現役の看板娘」として取り上げられたことから、マスコミ取材が殺到したのだ。ちょうど創業100年を迎えていた三菱自動車からもオファーを受け、海外向けのCMに出演。店はきみさん目当ての客でごった返した。

 きみさんが振り返る。

「注目されるのは嬉しかったけど、ただぼーっと生きてたら長生きになったというだけ。だからそんなに注目されるのはよくわからないのよ。長生きすると同級生が皆いなくなるから時々寂しくなるわ。そんな時は頭の中を違う方向にむける。孫と温泉旅館に行ったり、娘の旦那が海外旅行に連れて行ってくれた時のことを思い出すようにしているの。でもこれ以上長生きすれば周りに迷惑をかけるから、なるべく早く逝った方がいいと思うのね」

 そう語る彼女にカメラを向ければ、100歳を超えてもなおしっかり紅を塗った唇に笑みが浮かぶ。

■「百寿まんじゅう」


 孫の等さんが話を継ぐ。

「馴染みのお客さんが来た時に、おばあちゃんがいないと“どうしたの”って必ず言われます。それくらい店にとっては欠かせない存在ですよ。時には商品を食べて貰って助言をお願いすることもあって。和菓子は季節感を大事にしますから、秋物の栗蒸し羊羹なんかを出す時は必ず感想を訊いたりしますね」

 看板娘と並んでお店の名物になっているのが、「百寿まんじゅう」である。醤油の産地として有名な銚子に隣接する土地柄を意識して、皮には地元産の醤油を隠し味として使い、自家製の餡は北海道から取り寄せた小豆を使っているそうだ。

 再びきみさんが言うには、

「お店のお菓子では『百寿まんじゅう』が一番好き。皆さん結構買って行かれますよ。しばらく顔を見せないお客さんが来た時に、“どうしてたの”って尋ねたら“そんなにまんじゅうばっかり食ってられない”と言われちゃったけど、いつも顔を出してくれる人が来なくなると心配だし、再会できるのは嬉しいこと。正直お店に出るのは疲れるけど、お客さんが私の顔を見ないと死んだのかなって思ってしまうと聞いて……。何ができるわけではないけど、お店に立つだけでも仕事だと思っています」

 待っていてくれるお客さんがいる限り――。自分が必要とされているという気持ちが、仕事を続ける上で励みになっているのだ。

(3)へつづく

「週刊新潮」2019年9月26日号 掲載

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