肺炎予防に音楽!? ドイツで行われた「腹上死」大研究… 世界の最新「医学論文」を紐解く

■世界の最新「医学論文」を紐解く――倉原優(2/2)


 肺炎予防に音楽が効く? フィットネスジム通いは続かない? 気になる「腹上死」の大研究……呼吸器内科医の倉原優氏が、世界の医学論文から身近な「命の危機」を読み解く。

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■「誤嚥性肺炎」予防に音楽?


 ところで、日本人の死因の第5位は「肺炎」です。社会の高齢化がすすむ中、特に気を付けなければいけないのは誤嚥(ごえん)性肺炎です。食べ物や口中の菌が誤って肺に入ってしまう誤嚥によって生じる肺炎で、誤嚥は誰にも起こりうる老化現象です。近年、誤嚥を防止するために「肺を鍛える」というのが流行っています。医学的根拠は決して明確ではないのですが、いろいろなやり方があります。個人的には、てっとり早く肺を鍛えるなら管楽器を演奏するのがいいのではないかと思います。

 たとえば、クラリネットなんてどうでしょうか? 15人のクラリネット奏者の血液データや心電図を評価した珍しいドイツの研究があります(9)。若い奏者ではかなり運動量が多いことが分かり、激しい運動をするのと同じくらいの仕事量だったそうです。クラリネットのような大きな管楽器は、楽器内の空気抵抗が大きく、頸部の運動と肺の拡張にかなり筋肉を使うため、見かけよりも運動量が多いのです。毎日クラリネットをやっていたら、誤嚥も予防できそうです。管楽器はクラリネットでなくてもかまいません。近所迷惑が気になる人は、弱音器(ミュート)を付ける方法もあります。

 また、音楽そのものにリラックス効果や抑うつを防止する効果がありますので、閉じこもりがちな中高年の人に対して、私は音楽をすすめています。老人ホームやデイサービスなどでリトミックを取り入れた健康体操がおこなわれているのは、そういう理由からです。

 体操といえばこんな話も。

 ライザップも流行っていることだし、ここはセオリー通りフィットネスジムに通おうと思い立ったあなた。しかし、本当にそのジム通い、続けられますか?

 ブラジルから興味深い医学論文が出ています(10)。フィットネスジムに通っている人が、一体いつまで継続できるかを調べたものです。リオデジャネイロ都市部の研究なので、お金持ちが対象になっています。2005年1月〜2014年6月に、フィットネスジムの新規会員となった5千人以上の来店記録をチェックして、ジム通いがどのくらい続けられたか調べました。すると、新規会員になった人の63%が3カ月以内にジム通いをやめてしまうという驚きの結果が。なんと意志の弱いことか! そしてジム通い継続率は、半年後13・6%、1年後だとわずか3・7%にまで減少しました。やる気あんのかよ、というレベルです。9割以上が通わなくなるのですから、安易にジム通いを決断しないように!

 ジムに通ってマッチョになって……とムキムキ姿の自分を想像している人も多いでしょうが、実はボディビルダーはすごく筋力があるわけではないようです。英国のとある研究で、12人のボディビルダー、6人のパワーアスリート、14人の一般人の筋線維の強さを調べました(11)。普通に考えると、ボディビルダーが最強かなと思うのですが、そう簡単な話ではありません。筋線維の断面積を調べるとボディビルダーのそれは肥大していることがわかったのですが、筋線維あたりの筋力に関しては、パワーアスリートより62%、一般人より41%低いことがわかりました。ボディビルダーのほうが総合的な力が強いというのは間違いないのですが、筋線維あたりで計算すると「筋肉はゴツイけど筋力は弱い」というのが妥当な表現のようです。

■スマホゲームの功罪


 自宅で楽しむゲームって基本的に体に悪そうなイメージですよね。しかし最近、現実と同期させる「位置情報ゲーム」が台頭してきました。代表的なものが、ポケモンGOやドラクエウォークです。街中を歩いて、スマホ画面で敵と戦うゲームですが、レアモンスターに出会うためにはたくさん歩かないといけないようで。それが健康によいのでは、と注目されています。

 ポケモンGOがもたらす医学的メリットを調べた研究結果が、東京大学から報告されています(12)。この研究の対象は40歳以上の中高年で、無料の歩数計をプレゼントされた市民に送付されたアンケートデータを用いました。ポケモンGOのプレイヤーと非プレイヤーの歩数が比較されました。すると、冬場ではポケモンGOをプレイしている人のほうがたくさん歩いていることが分かりました。

「ゲームをすると運動量が増える」というのは、私のようなファミコン世代の人間からすれば驚きです。常識的に考えれば、ゲームをするほど運動量が減りますから、この位置情報ゲームというのは健康の観点から見ると、革新的なアプリケーションなのです。中高年にブームになりそうな位置情報ゲームを開発することが、高齢化社会にとってよいのかもしれません。

 もっとも、歩きながらスマホをすると、注意力が散漫になるという台湾の論文があります(13)。いたって当たり前の理論なので、敢えて医学論文にしなくてもいいんじゃないかと思われそうですが、医学的裏付けをちゃんと取るのが医学論文の世界なのです。スマホを持って横断歩道を歩行している人を2千人以上調べたところ、ポケモンGOをプレイしていた人では注意力が極めて散漫になることが示されました。そりゃそうだ。

 実は、この注意力散漫については、男女差があることが知られており、スマホ注視は女性のほうが顕著であるとされています(14)。すなわち、歩行中のひったくりや性犯罪の被害リスクが高い女性は、安易にスマホをいじらないほうがよいのです。いずれにしても交通事故のリスクは確実に高くなりますので、スマホの触りすぎにはご注意を。


■いつ、どこで、誰が相手か!? 「腹上死」の大研究


 昼間は運動不足でも、夜に妻と頑張ればッ……とお思いの殿方もいらっしゃるでしょう。実は性生活には良い点と悪い点があります。

 射精は前立腺がんのリスクを減らすというカナダの医学論文があります(15)。前立腺がんと診断されている人と健康な人に性生活のアンケート調査を実施したところ、生涯で20人を超える女性と関係したことがある男性では、それ以外の男性と比べて前立腺がんのリスクが28%低下したのです。また、性交渉の経験がない童貞の男性が前立腺がんと診断されるリスクは、経験のある男性の約2倍であることもわかりました。なぜこのような結果になったかというと、射精によって前立腺液内の発がん物質が洗い流されるからではないかと考えられているようです。ちなみに、この研究では同性愛についても調査しており、男性同士だと前立腺がんのリスクが逆に上昇しました。男性同士の性交渉はいささか激しいようで、物理的に前立腺が傷害されるからだそうです。

 さて、性行為の際、注意すべきなのが「腹上死」です。読んで字のごとく、性行為中に女性のおなかの上で死ぬことを意味します。むろん、女性のおなかの下や背中の上での可能性もありますが。そんな昼ドラみたいなことってあるの?と思われる人も多いでしょう。それが実は結構あるんです。

 膨大な剖検(遺体を解剖して検査すること)例のうち、性行為中に死亡した人だけを抽出した珍しい医学論文を紹介しましょう(16)。一体ベッドの上で何が起こったのかを調べた執念の研究です。ドイツのある法医学教室では、過去約3万8千例の剖検が行われましたが、そのうち性行為中に亡くなった方が99人(0・26%)いたそうです。

 性行為中に死亡した99人のうち、91人が男性でした。腹上死は、ほぼほぼ男性に起こる現象と考えてよさそうですね。男性の平均年齢は57・2歳とオジサマが多かったようです。性行為中の死亡が多かったのは、主に春夏の暖かい季節で、場所は故人の家であることが多かったそうです。性行為のパートナーが同定できたケースを見てみると、34人の男性が売春婦との性行為により死亡しており、9人が妻、7人が愛人、4人がその他のパートナー(未婚・同性愛など)という結果でした。死因は、6割以上が心筋梗塞などの心疾患によるもので、それ以外は脳出血や動脈瘤破裂などでした。おそらく性行為によって血管に負担がかかったのでしょう。メタボの男性はこうしたリスクがさらに高くなりますので、決して無理をなさらぬよう……。

 長々と書いてきましたが、私たちの身の回りについて研究した色々な医学論文が存在します。星の数ほどある医学論文の中には、もっと世の中に注目されてよいものがあるはずです。私は日夜、そういった論文を探して、実生活に応用しています。

参考文献表
9) Eur J Appl Physiol. 2010 Dec; 110 (6): 1199-208.
10) J Sci Med Sport. 2016 Nov; 19 (11): 916-20.
11) Exp Physiol. 2015 Nov; 100 (11): 1331-41.
12) J Med Internet Res. 2019 Feb 5; 21 (2): el0724.
13) BMC Public Health. 2018 Dec 31; 18 (1): 1342.
14) 環境心理学研究. 2016; 4 (1): 33.
15) Cancer Epidemiol. 2014 Dec; 38 (6): 700-7.
16) J Sex Med. 2017 Oct; 14 (10): 1226-31.

倉原優(くらはらゆう)
2006年滋賀医科大学卒業。国立病院機構近畿中央呼吸器センター・呼吸器内科医師。日本呼吸器学会呼吸器専門医、日本感染症学会感染症専門医。論文の和訳やエッセイを多数執筆しており、著書に『本当にあった医学論文』(中外医学社)などがある。

「週刊新潮」2020年1月2・9日号 掲載

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