スキャンダル溢れる世だからこそ知りたい「不倫の奥義」 林真理子×三浦瑠麗
2021年01月12日 10時58分 デイリー新潮
50代の主人公は、家族や世間に知られることなく、多彩な女たちと淫蕩な恋愛遊戯を繰り返す。中高年における「不倫の奥義」としても話題となった傑作長編『愉楽にて(ゆらく)』の文庫化を記念して、自身も熱烈な愛読者という国際政治学者と著者の特別対談が実現した。
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〈家柄、地位、資産、教養。すべて兼ね備えた上流階級の男たちが繰り広げる情事を官能たっぷりに描き、日本経済新聞連載中に“新聞史上、最高のエロス!”として話題を呼んだ、林真理子氏の『愉楽にて』が新潮文庫化された。
刊行を記念し、本書を高く評価する国際政治学者の三浦瑠麗氏とともに、男と女について、性愛について、たっぷり語っていただいた。〉
林 普段、私の本の読者は女性が中心なんですが、『愉楽にて』は中高年の男性読者の皆さんに支持していただいたんです。
三浦 私も3冊買って事務所に置いていたんですけど、男性スタッフに皆持って帰られてしまいました(笑)。
林 それは嬉しい。日経新聞で連載していたとき、街中でも男性から「いつも読んでます」ってよく声をかけられて。ノーベル賞の山中伸弥先生まで「毎朝楽しみにしてます」って言ってくださいました(笑)。
三浦 すごい。私、電子書籍版も買ったんです。電子書籍って、多くの読者がハイライト、つまり傍線を入れた箇所が見られるようになっているんですよ。
林 そうなの? 知らなかった。
三浦 多くハイライトされていたのは、女性の扱い方や女性の心理について書かれた箇所でした。
林 主人公の久坂(くさか)は、数えきれないほど不倫を重ねていますが、絶対に奥さんにばれず醜聞にもならないノウハウを持っているんです。
三浦 男性読者は『愉楽にて』から「不倫の奥義」を学んだのかもしれない。
林 「20代の女には手を出さない」とか「自尊心の高い女を選ぶべし」とかね。
三浦 不倫に対する世間の風当たりは強まるばかり。私はよく「不倫を擁護するな」と批判されますが、その前にそもそもなぜ他人の家庭に口を突っ込むんだと。
林 本当にそうですね。最近もアンジャッシュ渡部建さんの謝罪会見があったり、宮崎謙介さんの2度目の浮気が発覚したり。
三浦 ええ。金子恵美さんが怒っているとしたら、浮気というより夫の危機管理のなさに対してでは。
林 昔の不倫スキャンダルには、古谷一行さんみたいに開き直ったり、坂田藤十郎さんみたいに妻の扇千景さんが「芸の肥やし」として認めるパターンもあった。
三浦 今ではちょっと考えられないですね。
林 誰かが体を張って「不倫? それがどうした!」と言ってくれたらいいのに。
三浦 ああ、どうなるか見てみたい(笑)。著名人の不倫を叩くのは、「自分の夫に不倫されたくない」という心理の投影なんですよね。
林 やはりバッシングする人は女性が中心ですしね。
三浦 以前、「そんなに擁護するなら、お前も夫に不倫されてみろ」と言われたことがあったけれど。
林 なるほど。三浦さんのご主人もマスコミに狙われてそうですよね。「あんな才色兼備の奥さんがいるのに」って。ネタとしては面白い(笑)。
三浦 いえいえ(笑)。でも、なぜ私の方が不倫するかも、と思わないんでしょうね。
林 そうよ、こんなに魅力的な人なんだし。
三浦 最近の過度な不倫バッシングは、不倫される女性の被害者意識からきているところもあるでしょう。けれど、不倫はどっちだってなしうること。女はもっと強くなった方がいい。
林 三浦さんのご夫婦は不倫について話したりする?
三浦 うちは「不倫していいよ」と認め合っているわけではありませんが、「そういうことも人生には起こりうるかもね」という共通認識はあります。世間は認めないでしょうけどね(笑)。

■みんなマザコン
〈主人公の久坂隆之(たかゆき)は製薬会社の副会長だが事実上の若隠居。シンガポールの億ションと東京の自宅を行き来しながら女性たちとの情事を楽しみ、時には京都や上海に足を延ばす。いわば“男の憧れ”を体現した人物だ。そんな彼の前に、知性溢れる中国人美女、ファリンが現れて――。〉
三浦 林さんは『愉楽にて』を男性主人公の視点で書かれましたが、異性の目で書くのはやはり難しいことなのでしょうか。
林 そうですね。ただ基本的にもの書きは両性具有です。三浦さんみたいな美女を前にすると、欲望する男の目で見てしまったり(笑)。
三浦 (笑)。男性作家が書くと自己満足に陥りがちなテーマですが、林さんの筆だから奥が深い。富裕層の描写も非常にリアルで。
林 ありがとうございます。自分で言うのもなんですが、そこは徹底的に取材しました。
三浦 モデルはたくさんいらっしゃるのでしょうか。
林 シンガポールに暮らす大金持ちから、日本の企業の社長まで、いろんな方にお話を聞いて、混ぜ合わせています。
三浦 ふふ。「これは自分かも」と思っている人がたくさんいそうですね。
林 村上ファンドの村上世彰さんから「モデルに間違えられて困る」と(笑)。
三浦 あらま。確かに、シンガポールにお住まいですが。
林 取材して、昔からのお金持ちについていろんなことがわかりました。まず上流階級は茶の湯をするのよね。
三浦 なるほど。
林 それと、流行りの店を予約するのは「はしたない」と思っていて、老舗にしか行かない。行動パターンがクラシックなんです。
三浦 品がありますね。
林 それと、エリートやインテリの男の人はみんなマザコン(笑)。自分のいまの成功は、母親の頑張りのおかげだと思っているから、お母さんの支配下からぬけだせない。
三浦 それも小説に反映されていますね。
林 私自身は教養がないから、ひとつひとつの場面を描くのが大変だったんです。茶の湯の場面を描くにも、某銀行頭取の茶室を見せてもらったり、池坊美佳さんに「10月の茶会にはどんな花を飾るの?」って聞いたり。そしたら「姉に聞いてみます!」って。
三浦 次期家元の池坊専好さんに?
林 そう、もう畏れ多くって。漢詩で愛をささやく場面も、ある教養豊かな中国人経営者からのアドバイスです。だから日本や世界のあらゆる知性を結集した本なんです(笑)。
■現代の「源氏物語」
三浦 そんな日本の上流の男性が恋するのが、中国人女性、ファリンというのも面白かったです。
林 美しくて知的で上品で、でもベッドでは激しく乱れる。男の人の理想のような女性です。実は、ルックスは三浦瑠麗さんをイメージして書きました。
三浦 まあ、それは光栄です(笑)。でもそんなファリンに男たちは翻弄されてしまう。中華文明って、ああいう女性がいてもおかしくない、と思わせる歴史と貫禄がありますよね。
林 彼女は中国共産党の失脚した大物政治家の孫、という設定。少女の頃は文化大革命で辛酸をなめたけど、いまはシャネルやエルメスで固めてる中国人マダムたちにも取材して、中国の底知れない不気味さみたいなものも取り入れました。
三浦 彼らの「没落してはいけない」という恐れは、我々日本人とは桁違いです。日本は組織における肩書きがものを言いますが、中国は強烈な縁故社会ですね。
林 小説の中で「百年後、日本語も日本も無くなる」というセリフがありますが、それは言い過ぎだとしても、中国に比べると日本の国力が衰えているのは確か。
三浦 急激に成り上がった国特有の衰え方ですかね。
林 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」なんて時代が信じられないぐらい貧乏になってしまって。
三浦 けれど、サッチャー時代に貧困に苦しんだイギリスの人たちはそれ以上でした。イギリス映画特有の暗さは、格差が圧倒的で、這い上がれない惨めさがあるからでしょうね。
林 確かにそうかも。
三浦 日本では、高級な寿司屋に行けなくても、家族でスシローに行けば安くて美味しくて楽しい。地方は物価が安いから、お金がそれほどなくても暮らせます。
林 特に若い世代は、私たちと違ってバブル時代を経験していないしね。
三浦 そうですね。日本ではまだ、格差はあっても人間としての尊厳は比較的守られている気がします。
〈駐在員の妻、キャリアウーマン、政治家秘書、CA、クラブのママ……久坂の情事の相手は百花繚乱。彼はなぜこれほどまでに女性を求めるのか。そして、女性たちは彼の何に惹かれるのだろうか。〉
三浦 本書は現代の「源氏物語」とも言えますが、久坂が相手にするのは美女ばかりではなく、時には「末摘花(すえつむはな)」のような不美人もいますよね。
林 「どんな女でもイケる」というのが彼の矜持なんです。モテる男性の条件というのは、女好きであること、だと思います。
三浦 そうかもしれません。
林 渡辺淳一先生が昔「僕は美人が好きなわけじゃない、女が好きなんだよ」っておっしゃってました。だから先生はお婆さんからもモテてた。
三浦 けれども、久坂の猟色の底には、すべてを持ったものが抱く「豪奢な虚無」と言うべきものがありますね。
林 そう、まさにそれを描きたかったんです。
三浦 誰もが憧れる遊び人が、だんだん寂しい存在に見えてくる、という展開が見事でした。
林 ありがとうございます。
三浦 億万長者というのは、庶民には分かり得ない虚無を抱えています。お金稼ぎには際限がないし、社交も同じレベルの人相手に限られて閉塞感があるし、実は自己肯定感が得にくい。
■性愛をひたすら追求
林 IT社長が宇宙を目指すのもそういう虚無からなのかしら。政治家の人たちはどう?
三浦 政治家は権力闘争の渦中にいるから皆さんエネルギッシュですよね。
林 三浦さんが魅力を感じた人はいますか?
三浦 高村正彦さんや麻生太郎さんは、年が上でも親しみを感じますね。
林 お二人ともキャラクターとして愛嬌がありますね。
三浦 権力抗争を大方卒業して高みにいるから、国益を考えるにも余裕があるんでしょうね。ちょっと貴族的になるというか。
林 国家権力を持った人との恋愛、とか憧れたりしない?(笑)
三浦 ないですね(笑)。経済人は組織で脱落しても、首を取られるわけではありません。けれども政治家は個人商店で、すべてを失う。政治の世界はやはり恐ろしいところです。
林 どんな男だったら三浦さんを惹きつけることができるのかしら。
三浦 やはり知性を持った人ですね。その人から学べることがあって、私を深く理解してくれるような。
林 それはなかなか高いハードルです。
三浦 競いたがる人は苦手。どうやって勝ち上がるかを考えているうちは、男性は余裕がないんでしょうね。50代くらいになるとようやく安定してくる。
林 中高年の男の人にとっては希望が持てますね。
三浦 男性は自分が元気だった頃を懐かしみます。でも、それは女性が若い頃の美を取り戻そうとするのと一緒で、自画像を愛でるにすぎません。身勝手さで女性を傷つけることもしばしばですから。私が若い頃は、10代や20代の男性の性欲なんて、煩わしい以外の何物でもないと思っていました。
林 女性は性的なことよりもときめきだけで十分、という人も多いですしね。ときどき若い男好きの女もいるけど(笑)。
三浦 ああ、それは確かに。でも、性愛や恋愛というものは、そういう男と女がお互いに抱く壮大な誤解のもとに成り立っている気がします。
林 まさしく。だから面白いのよね。
三浦 性愛をひたすら追求する主人公の姿は、ときに愚かしく見えますが、人間が人間らしく生きることの肯定でもありますよね。スキャンダラスで、いまの社会に必要な作品だと思います。
林 ありがとうございます。不倫に厳しい世の中だけど、女性の皆さんにもぜひ読んでほしいです。
「週刊新潮」2020年12月31日・2021年1月7日号 掲載