不妊治療の“やめどき”問題、経験者が語る「頑張ってきた自分を誇りに思って」

イラスト/もりたりえ

■「頑張ってきた自分を誇りに思ってほしい」

 不妊治療に足を踏み入れた人の多くが頭を悩ませるのは、そのやめどきだ。お金や時間、労力を注ぐものの子どもはなかなかできず、年齢は上がり、妊娠率は下がっていく──。

「金銭的なリミットがあれば、泣く泣くでもやめるしかない。■難しいのは、お金がなんとかなってしまう方。最近は金融機関で簡単にローンを組めることもあり、悩む方が増えています」

 こう話すのは不妊治療経験者の心のサポートをする一般社団法人『MoLive』(モリーヴ)代表の永森咲希さんだ。なぜ不妊治療はやめづらくなるのか?

■治療継続を進め続けるクリニックも

■「体外受精などは1回に何十万円もかかります。治療を重ねれば重ねるほど多くの時間やお金を費やし、その費やしたものを取り戻そうという本能が働き、やめられなくなるところがあるように思います」(永森さん、以下同)

 たとえはよくないが、勝つまで続けてしまうギャンブルと似たところがある。

 医療の問題もある。女性は高齢になるほど妊娠しにくくなるが、それでも治療継続をすすめてくるクリニックも中にはあるという。

「先日、相談に来られたのは40歳のときから12年間治療をされた方。■流産を重ね、50歳が近づいたころ、ドクターに“もうやめたほうがいいですか”と聞くと、“可能性はまだあるのに”などと言われやめられず、その後、ひどい更年期とうつに見舞われ、最終的には仕事を辞めざるをえない状態になったと泣かれていました。そんなふうに病院に治療を引き延ばされる話もときどき聞きます」

 自分はやめたいと思っても、義父母からプレッシャーを受けるケースもある。

「義母が家に来ると最初にトイレに入り生理用品をチェックし、生理用品が減っていると“またきたの?”と嫌みを言われるそう。また、夫のカバンに離婚届とお見合い写真を見つけて問いただしたところ、義母のすすめだったことがわかったという人もいます」

永森咲希さん

 永森さん自身は43歳のとき、6年間にわたる治療生活に終止符を打った。きっかけとなったのは同じクリニックに通い妊娠・出産後にかかった病気を苦にして、自ら命を絶った知人の死と、自分自身に卵巣がんの疑いが浮上したことだった。

「そこから急に不妊治療を続けることが怖くなったんです。■いま思うと、きっかけを探していたんだと思います。ずっと“いつやめたらいいんだろう”と思いながら、決断できないでいたので。以前の私だったら、知人の死も自分と重ね合わせることはなかったでしょうし、卵巣がんでなかったとわかった時点で治療を再開していたはずです」

■当事者同士で話してみるのもひとつ

 不妊治療をやめるきっかけをつかめずにいる人は今も多くいると思われるが、そういった人はどうしたら決断できるのか。

「■“治療命”になって、ほかのことが見えなくなり、自分らしさを失っている方が多いので、自分を立て直す環境作りができるといいと思います。治療中は今回ダメならまた次、それがダメならまたその次と、精神的に歯止めがきかなくなることがあります。いったん治療を休み、そこから距離をとってみる。そうやって治療を休むことで自分を取り戻す方もいます」

 ほかに、当事者同士で話してみるのも一案という。

「私ども(MoLive)の茶話会(わかち合いの会)に参加し、ほかの方の話を聞いて、やめる決断をされた方もいました。■なかなか人に話せない、話しても理解してもらえないといったテーマについて話せる場があることで、“自分だけじゃない”と孤独感が薄れたり、共有し合うことで気持ちが落ち着いたりと、みなさん想像以上に得るものがあったとおっしゃいます」

 不妊治療をやめる決断はとても難しい。子どもが欲しいのはもちろんわかるが、少しでも「やめたほうがいいかも」と思う気持ちが出てきたら、その気持ちを認め、これまで頑張ってきた自分を誇りに思ってほしい、と永森さんは話す。

 なお治療中の人たちは、「不妊治療をやめれば、もう親になれない」と思っていることが多いが、別の形で子どもと家族になるケースもある。里子や養子を迎えるという選択だ。

永森さんの、不妊と向き合った6年間と治療を卒業することを決めた体験をつづった著書『三色のキャラメル』(刊) ※写真をクリックするとアマゾンの商品紹介ページにジャンプします

《PROFILE》
■永森咲希さん ◎不妊カウンセラー、家族相談士、キャリアコンサルタント(国家資格)、産業カウンセラー。自身の経験をもとに、不妊治療者やその周囲の人たちに対する支援活動などを行う。

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