55歳独身マンガ家が8歳の娘の父親となって生きていくために決意したこと

漫画家の渡辺電機(株)が発売した『父娘ぐらし 55歳独身マンガ家が8歳の娘の父親になる話』。noteで大反響を呼んだ「55歳独身ギャグ漫画家 父子家庭はじめました」をまとめたこの本。55歳で独身のギャグ漫画家である渡辺電機(株)が、2人の娘をもつ女性との結婚で突然、父となり、思いもよらず小学生の娘との“ふたり暮らし”をすることになった驚きと苦労、そして喜びが、飾ることなく本音で綴られている。

今も絶賛土壇場中だという渡辺に、これまでの漫画家生活で体験した土壇場。そして、土壇場の状況で腹をくくったという、初めてコミックエッセイを執筆した経緯を聞いた。

▲俺のクランチ 第17回(前編)−渡辺電機(株)−

■“読者に嫌われてナンボ”で仕事がなくなった

まず最初に、「クランチ」には「土壇場」という意味があり、起業家・作家・アスリート・芸人……各界の第一線で活躍するアノ人は、自分自身の「土壇場」で、どう格闘し、現在の活躍につなげていったのか、という連載のコンセプトについて説明すると、渡辺はにこやかに言葉を選びながらこう答えた。

「実際、今も土壇場を抜け出している実感はないんですけどね(笑)。でも、『父娘ぐらし』を発表してから、今まで感想をもらったことがないような層の方から“面白かったです”っていただけるので、とても励みになるし、うれしいですね」

一見、華やかに見える漫画家という仕事だが、“明日、食べられなくなるかもしれない”という恐怖とは、常に隣り合わせにあるそう。

「いちばんツラかったのは、2007年くらいですかね。2000年ごろに集英社で連載をもたせてもらってて、それで5年ほど食えていたんです。やはり、集英社で仕事をしていると、ほかの仕事も回ってくるんですよね。ただその連載が終わって、漫画の仕事も回って来なくなり。当時、漫画を連載していた出版社が倒産して、お金がもらえなかったり……あのときは疲弊してましたね」

「今思えば、さっさと引っ越したり生活レベルを落とせばよかったんですが、貧すれば鈍するで、そこまで頭が回らないんですよね」と渡辺は自虐的に語る。

「“じゃあ食費を節約しよう”って、そのレベルの話じゃないんですけど(笑)。そうこうしていくうちにキャッシングに手を出したり。でも、今になって思えば、2000年ごろって調子に乗ってたんです(笑)。編集者の言うことを聞かなかったり、“俺の漫画は読者に嫌われてナンボだから”って嘯(うそぶ)いたり……。今読み返しても、その頃の自分の作品は嫌いじゃないんですけど。でも、しっかりしっぺ返しは食らってますね(笑)」

渡辺電機(株)の漫画家人生を振り返ると、1989年にデビューし、1991年には初の連載を開始している。こうして見ると順調な滑り出しのように思えるが……。

「いえいえ、デビューして3年くらいは編集さんに見せてはボツを食らう、その繰り返しだったんですけど、93年に単行本がちょっと売れて調子にのっちゃったんです。そのせいで96年くらいには何もなくなって、99年にまた集英社で連載始まったんですけど、さっき言ったような感じで……調子が良いとすぐに調子にのって、それで全部ダメにしてしまうことの繰り返しでしたね」

集英社の連載が終わり、気づけば世間は出版不況となっていた。以前のように、趣味と生業を両立して、“そこそこ楽しく生きていければいいや”という時代は終わっていて、渡辺自身もそんなことを言ってられる年齢でもなくなってきていた。

「そこで持ち込みを始めたんですよね。前と違って編集者さんの言うことを聞いてやっていたんですが、何もうまいこといかなくて。いつの間にか、好きなものを描いてそれを作品にする、というよりも、何とか食える額をもらうためにどうしたらいいか、そんなことばかり考えている自分に気づいて……、これは全然幸せじゃないなって思ったんです。

そのときも出版社からボツをもらって帰ってきて、喫茶店で編集者さんに見せるプロットを考えているときに、“バカバカしいな”って思って。“もうやめようかな。でも、どうせやめるなら、好きなものを描いてやめよう”って思ったんですよね」

こうして、自費出版で2018年に『ドグマ荘の11人』を出版する。

「まんが道のパロディなんですけど(笑)。エログロ、パロディ全部詰め込んで、自分の好きなように描いてみようって描いたのがこの作品です。正直、もっと批判されるの覚悟で描いたんですけど、かなり良い反応だったんです。ただ、お金にはならなかったんですが(笑)」

▲『父娘ぐらし 55歳独身マンガ家が8歳の娘の父親になる話』(KADOKAWA)

■漫画で食べていくために腹をくくった

そのあいだに渡辺は結婚をしていた。『父娘ぐらし』に出てくる、8歳の娘・アユさんの母親だ。

「もう、このままでは食っていけないなと思いました。でも、まだその時点でも子育て漫画に手を出すのは躊躇していたんですよ。たしかに結婚の経緯とか、子育てとか、わかりやすい漫画のネタではあるんですけど、“それに手を出したら俺じゃなくなるんじゃないか”って葛藤があったんです。

でも、2019年に3人目の子どもが生まれたときに、腹をくくった感じですね。もう普通の仕事をするか、いちばん嫌だったジャンルに手を出して、漫画でもう1回勝負するか。それが2019年の初夏、『父娘ぐらし』を描きだしたきっかけです」

家庭を持って夢を諦める、というのはよく聞く話であるが、漫画ではない普通の仕事をする、という選択肢は渡辺にはなかったのだろうか。

「40歳を過ぎると、仕事を探しても肉体労働が主になってきて、たぶん自分には無理なので、テレアポの仕事とか、スーパーの品出しをすることになると思うんです。立派な仕事だと思いますが、何回イメージしても、そこでパワハラを受けて、どんどん疲弊して、おそらく“あのまま漫画描いてたら、もうちょいマシな人生だったな”って思いながら死んでいくんだろうなって(笑)。じゃあ、もうちょっと足掻いてみようかなと思いました」

漫画にも登場するが、周りの仲間が話題にしようとも“結婚など自分には関係のない話”と思っていた渡辺が、結婚と子育てが同時にやってくる、という道をあえて選んだのは、どういう理由だったのか。

「もちろん、妻のことが好きという気持ちもありますが、アユに初めて会ったときに“ほっとけないな”と思ったのが大きいですね。“助けてあげる”なんては、おこがましくて言えないです。だって、僕も仕事がない時期ですから(笑)。ただ自分がいないと、この子はそのうち学校にもいかなくなるんじゃないかって思いこんでしまって、結婚した感じですね」

子連れ結婚。しかも、いきなり父と娘のふたり暮らし。子育てをするうえで、周りからの目が気になったことはなかったのだろうか。

「それが特にないんですよね。自分が特殊な例として生きている実感があったので、“何か言われるかな”とは思っていたのですが、忙しくて人の目を気にしているような状況じゃなかったってのが事実かもしれないです(笑)。今考えると、逆に自分がやるしかない状況だったのがよかったかなって思いますね。最初に奥さんと一緒だったら、昔みたいに面倒なことから逃げていたと思うので」

『父娘ぐらし』を出版するにあたって、いくつもの出版社に持ち込んだ記録が、「単行本「父娘ぐらし」発売までの道のり」としてnoteに記されている。ここでは、ある出版社の編集者が興味をもち、連載会議にかけるも「結婚即別居、娘だけ同居の設定にリアリティが無く感情移入できない」と言われボツにされた、などの辛辣な反応が並ぶ。

「でも、リアリティがないというリアルを漫画の型に落とし込んで、読む人を納得させることができなかったのは、自分の力不足だったな、と思います。それを解消するのに2〜3年かかった、という感じですね。最初は、アユが可愛い、っていうことにフォーカスを当てすぎてしまって、編集者からは“これだと、ただ可愛いだけで終わってしまうから、もっと生々しいことも描いたほうがいいし、ウェットな感情も描いたほうがいいですよ”って言われたんです」

ただ、渡辺にとって、あえて涙を誘うような表現は、いちばん避けたい表現であった。

「子育て漫画を描くという時点で、自分の中では禁じ手だったんですが、そのうえで涙を誘うのは、これを踏み越えたら後戻りできないな……みたいな気持ちになって。涙を飲んで描いたのが、第1話の“アユがタコ焼きを食べながら、僕に寄りかかってくる”ところだったんです」

傍から見ると“そんな細かいところで”とか“泣かせにかかって何が悪いの?”と思うかもしれない。しかし、渡辺はそういう安直な表現を良しとせず、ここまで漫画に向き合ってきた。

「あの行動も感情も一切、嘘はないんです。実際にあったことですし。ただ、本当に抵抗がありました。そういうのを描かないことで自分のアイデンティティを守っていたのかもしれません。でも、ここでこの表現に踏み切らないと、ブレイクスルーはできないと思って、文字通り断腸の思いで描きました」

本人の気持ちとは裏腹に、第1話のこのコマは、編集者と読者、両方の好評を得た。

「現金なもので、あんなに悩んだのに、それでかなり気を良くしましたね(笑)。あと、noteというプラットフォームの特性にも助けられたかもしれません。それまでは、雑誌で漫画を描いても、読者の声ってタイムラグがあるか、少し壁がある感じがあって、そこまでダイレクトに届いていた感じがなかったんですよね。子育てを実際にしている方の感想とか、すごくうれしかったし、良い意味で引っ込みがつかなくなったかなと思います」

渡辺の言葉の通り、普通であれば隠したくなるようなプライベートなことや、感情の揺れ動きまで、漫画には赤裸々に描かれている。

「独身の頃は、少し敵っぽく思っていた役所の方々が、皆さん優しかったのは驚きましたし、ありがたかったですね。もちろん、地域やその場所によるとは思うんですけど、東京でも、アユたちが引っ越す前の大阪でも、とにかくこっちの事情を説明すると、例外的な措置をとってくださるし、ちゃんと大阪と東京の役所間での連携もしっかりとってくれる。コミックエッセイには役所に文句を言う箇所が出てくるイメージがあったんですけど(笑)、僕の場合は感謝しかないですね」

こうして子育てをしていて、渡辺の心境にも大きな変化があったという。

「とにかく、生かされているんだな、と思うようになりました。今、3人目の子どもがいるんですが、うちの区だと保育料がほぼかからないんです。これは国に生かされているな、と実感することのひとつですね。コミックエッセイをやる前は、“不平不満は描きづらいな”と思っていたんですけど、実際に描きたくなるような不平不満はないですね」

「売れない漫画家はいらない」と言われた渡辺電機(株)の土壇場な日々 | 俺のクランチ | WANI BOOKS NewsCrunch(ニュースクランチ)( https://wanibooks-newscrunch.com/articles/-/3220 )

■プロフィール

渡辺電機(株)

明治大学在学中より成人向け漫画や石ノ森章太郎のアシスタントを経験。平成元年より現在のペンネームにて、ゲーム誌や少年誌、青年誌などで幅広く活動。近作に「ゾンビな毎日」「ドグマ荘の11人」など。Twitter: @w_denki 、note: 渡辺電機(株)

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