「自分の願望を投影している」“はち”が描くまんぷくかえるに温かみがある理由

こだわりを英語にするとSticking(スティッキング)。創作におけるスティッキングな部分を、新進気鋭のイラストレーターに聞いていく「イラストレーターのMy Sticking」。

今回は、温かみのある“かえる”のイラストがSNSを中心に話題を集めている、まんぷくアートスタジオのはちさんに、創作のうえでの「Sticking(こだわり)」を聞いてみました。

■イラストを描き出したのは中学3年生

――この連載では、イラストレーターさんのこだわりについてお聞きしているのですが、まず驚いたのが、はちさんは中学生から本格的に絵を描き出した、とお聞きしたのですが……本当ですか?

まんぷくアートスタジオ はち(以下、はち) はい。中3のときに、友達に薦められて『コードギアス』というアニメにハマったんですが、ちょうど進路に迷ってた時期なんです。アニメの世界に行きたいなという気持ちが強くなって、ちょうど近くに美術部のある高校が1校あったので、そこを目指しました。

――それまでは絵を描かれていなかったんですか?

はち そうですね、特にやりたいことも考えておらず、普通に学校生活を営んでいました。

――例えば、絵を本格的にやっていないにしろ、それまでの学校生活で、家族や友達から絵がうまいとか言われたことはなかったんですか?

はち いえ、全然(笑)。

――それを知ったうえで、はちさんの作品を見ると、天才としか思えないんですが…!

▲愛らしいかえるのフォルムと緻密な背景に圧倒されます 「ごはんの準備はじめます」イラスト:はち

はち いえいえ(笑)。本当に自分の原点は、コードギアスにハマって、それを真似して描いたことなんです。高校では美術部に入るんですけど、当然ながら周りは小さい頃から絵を描いている人ばかりで、みんな上手でした。あるときに、みんな人物とかキャラクターばかり描いているなって気づいて、じゃあ自分は背景を描いてみようと思ったんです。ちょうどその頃、アニメにも背景美術という職種があることを知って、いろいろ勉強し始めました。

――コードギアス以外に大きく影響を受けた作品はありますか?

はち 高校1年の夏頃だと思うんですけど、スタジオジブリの『となりのトトロ』の展覧会があって、そこに友達と2人で行ったんです。“どんな感じなんだろう”くらいの軽い気持ちだったんですが、ジブリの背景を間近で見て、思わず息を呑んでしまいまして。すごすぎる! と思いました。

――この連載でもスタジオジブリは定期的に名前が出る印象があります。

はち 実際に映像作品で使われていた背景が展示されてたんですけど、例えば、緑ひとつとっても瑞々しいところが、プロの技術はすごいなと思うし、何も知らない人が見ても引き込まれる。展覧会を見たあとに、男鹿和雄さんという、トトロをはじめとして、さまざまなジブリ作品の背景美術を担当された方がいらっしゃるんですけど、その方の画集をすぐに買って、水彩の勉強を始めました。背景美術をやりたいなと漠然と感じていた自分が、改めて背景美術の世界に行きたい! と思ったのは、この展覧会が大きいですね。

――その後、アニメ会社に入られたんですよね。

はち はい。大学卒業後に仕事で7年間、背景美術を担当していたのですが、キャラクターデザインとか、グッズ販売とか、いろいろなことにチャレンジしたい思いが強くなって、退社してイラストレーターとして活動していこうと決めました。

――この仕事に限らずだと思うのですが、会社という大きな組織を抜けて、個人で活動していくのに不安などはなかったのでしょうか?

はち そうですね。会社に勤めて、短編アニメの美術監督をやらせてもらった時期で、確かに収入的には安定していたんです。けれど、自分が30歳を迎えて、この先の人生を考えたときに、「人生1回きりだし、やりたいことをやろう」と思いました。ちょうど自分の抱えている仕事が一区切りしたタイミングだったのもありますね。

――たしかに、人生一度きりって考えると、やりたいことをやらなきゃ、と思うかも……ですが、周りに相談したときに、「せっかく就職できたのに」と言われるっていうのも、あるあるな気がします。

はち あ、それで言うと、相談したりは全然しなかったですね(笑)。さすが親には伝えたんですけど、「やりたいことやればいいんじゃない?」という親だったので、それはすごく感謝してますね。

――そうだったんですね…!

はち SNSで「会社辞めました!」って伝えてはいたので、いざとなったらSNSで仕事を探そう、そのくらいの気持ちでいました。会社勤めをしながら、すでに“はち”としての活動は行っていて、そこのフォロワーにアニメ会社の方がいらっしゃったので、何かあれば声かけてくれるかもしれない、と勝手に思って気持ちが楽になってました(笑)。

■はちさんに聞くアナログとデジタルの違い

――(笑)。でもたしかに、ご自身の活動にすでにファンがついていた、というのは大きいですよね。すごく素人っぽい疑問だったら申し訳ないのですが、イラストを描く際に、アナログとデジタルの違いはあるのですか?

はち 自分の場合、アナログで言うと水彩画を始めたのが高校1年からで、デジタルはフォトショップを主に使ってたんですが、これも本格的に使い出したのは会社に入ってからなんです。なので、小さい頃からどちらかに慣れ親しんでいたら違いを感じるものなのかもしれないんですが……うーん……(笑)。あ、でも唯一あるとすると、失敗できない緊張感がアナログにはありますね。

――なるほど。これも素人質問になってしまうかもですが、達成感はアナログのほうが大きいけど、始めるまで“腰が重い”とかはあるんですか?

はち あ、ありますね。自分の場合はデジタルがメインなので、アナログは準備するのに時間がかかるなぁとか、色を作らないといけないなぁ、とかは思うことはあります(笑)。ただ、自分で好きなクリエイターさんが使ってた画材や道具を使って、勉強したりできるので、アナログはアナログの楽しみがあります。

――はちさんが頭の中に思い描いているイメージを具現化しやすいのは、アナログとデジタルどちらですか?

はち デジタルですね。それは色味もそうなんですが、“直感で表現できる”というのが大きいかもしれません。頭の中で思いついても、水彩だと色を作るひと手間がありますが、デジタルは思いついた色をすぐに試すことができます。

――たしかにそうですね。例えば、この液タブ(液晶タブレット)じゃないとダメ、とか、この道具じゃないと、みたいな環境のこだわりはありますか?

はち こだわり……、大学はデザイン学部がある学校に通っていたんですが、そこではMacintoshを使っていたんですが、会社に入ったらWindowsだったんです。

――え、そうなんですか? 勝手にデザインやイラストはMacintosh一択だと思ってました。

はち たぶん、会社としてメンテナンスがしやすい、というのがあるんじゃないかなと思います。そこでは板タブを使っていたんですが、フリーになるタイミングで液タブにしたんです。正直、環境も道具もそこまでこだわりはなく、あったものでなんとかできるんですが、液タブは自分に合っているなと思いました。あと、トラックボールは買ってよかったなと思いましたね。

■散歩していてもカエル目線で見てしまう

――はちさんの作品を見ていると、ブレイクタイムがテーマの作品が多いような気がするんですが、なんとなくコーヒーにもこだわりがあるのかなと思ってました。

▲こちらは花の香りがしてきそう 「おいしいお紅茶のいれかた」イラスト:はち

はち おっしゃる通り、コーヒーは好きですね、ゆくゆくは豆から挽きたいと思っているんですが、今はまだクラフトボスに頼っています(笑)。

――(笑)。いつか豆から挽いてこだわりの一杯を作って欲しいですね。作業しているときは音楽などを流したりしているんですか?

はち iPadでYouTubeを見ています。よく見ているのは2BRO.(ツーブロ)さんのゲーム実況や、生き物系の動画ですね。

――やはり、まんぷくかえるを描くはちさんは、生き物系の動画をよく見られているんですね。個人的には、はちさんの絵はとても瑞々しくて、まるで動き出しそうという表現がぴったりだと思っているのですが、はちさんご自身が自分の絵を見たときに、強みだなと思うところはありますか?

はち アニメーション会社に勤めていたので、いろいろな作品を担当させていただきました。『ルパン三世』『アイカツ!』、会社を辞める間際に『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の背景をやって、いろんな絵柄に対応できるようにしてきましたので、自分のイラストに“こだわりがない”というのが強みかもしれないなというのと、やはり7年アニメ会社に勤めていたので、“アニメのような背景”というのが自然に出ているんじゃないかと思っています。

――先程もチラッと話題に出させていただいたんですが、はちさんの作品といえば「まんぷくかえる」が印象に残る方が多いと思うのですが、この愛らしいキャラクターが生まれたキッカケについて教えてください。

▲「最近お腹が出てきました」イラスト:はち

はち 趣味で風景のイラストをSNSで投稿していたんですけど、それだけだと寂しいかな、見ている人は風景だけだと退屈なのかな、と反応を見て思ったんです。それなら、子どもの頃から好きだったカエルを書こうかな、と思ったのが始まりです。そこから、カエルの生活感を出していったり、自分のやりたいことをカエルにやってもらったり。例えば、ずっと寝てたいとか、もっといっぱい食べたいとか(笑)。

――そう言われると、たしかにカエルってツルッとしてるけど、まんぷくかえるは体温がある感じがしますね、そういうはちさんの願望を投影しているから、温かみがあるのかもしれないですね。

はち ありがとうございます。たしかに、カエルに自分を投影していったらあの形になった、というのもありますし、あとはこの前散歩していたら、木からいくつかキノコが段になって生えていて、「あ、階段だ」と思って写真を撮ったんですけど、あとから“これ完全にカエル目線で見ちゃってるな”と思いました(笑)。

――微笑ましい! 実はカエルが苦手なんですって言われたら、どうしようかと思ってました(笑)。

はち いえいえ(笑)。小さい頃から動物全般が好きです。そのなかでもなんでカエルだったんだろう、と自分で考えたこともあったんですが、小さい頃も「けろけろけろっぴ」のグッズが家にあったなあって(笑)。

■自分の作品が“伝わる”タイトルを考える

――(笑)。どの作品も等しく思い入れがあると思うんですが、そのなかでも会心の出来! みたいな、思い入れのある作品はありますでしょうか?

はち まんぷくかえるが、サクランボをたくさん抱えている「美味しかったから」という作品があるんですが、タイトルも含めてうまく表現できたかな、と思っています。

▲「美味しかったから」イラスト:はち

――SNSでの反応なども見ているんですね。

はち はい、参考にさせてもらっています。過去に、自分の中ではもっと反応があると思っていた作品がイマイチ伝わらなかったのも、もしかしたらタイトルを変えてたら伝わっていたのかな、と思ったりしました。ただ、最近はSNS疲れ、と言いましょうか、一時的にでもSNSから離れる人もいるんじゃないかって思って、そこからは「いいね」の数とかはあまり気にしなくなりましたね。

――たしかにそこに合わせだすと、はちさんの作品がブレそうですもんね。コードギアスやジブリが、はちさんの原点のようなお話をされていましたが、男鹿和雄さん以外にも影響を受けた方はいらっしゃいますか?

はち イラストレーターだと、ポケモンカードのイラストを手掛けられている有田満弘さんの作品は、ポケモンが現実世界で出会えるんじゃないかと思わせるような作品ばかりで、いつも勉強させてもらっています。

――はちさんの作品も“生きているような”瑞々しさがあると思いますよ。同世代や年下で一目置いている、じゃないですけど、すごいなと思っている方はいますか?

はち 生き物と宝石を組み合わせたイラストを発表している、安部祐一朗さんという方がいらっしゃるんですが、作品が素晴らしいのはもちろんのこと、年下の方なんですけど、その年齢の頃の自分を思い出したら、こんなにしっかりと独立して活動してなかったなって思ってます。

――いやいや、僕からすると超サイヤ人同士が戦ってる、みたいな次元の違う話に聞こえるんですが(笑)。

はち (笑)。ほかには、ぽん吉さんという、白菜と犬が合体した「おやさい妖精さん」というイラストを描かれている方も、よく拝見させてもらっています。

――では、はちさんが座右の銘にしている言葉はありますか?

はち どの仕事にも共通することだと思うんですけど、親から言われた“他人に迷惑をかけないように”というのはいつも思っています。特にフリーランスで仕事を始めてからは、クライアントに迷惑をかけてはいけないので、きちんと納期を守る。自分のこだわりを優先するあまりに締め切りを破る、というのはしないように心がけています。

――今の言葉を聞いて、はちさんを爪の垢を煎じて飲ませたい人がいる、と思った方は多いんじゃないでしょうか(笑)。7月6日に『まんぷくかえるのおすそわけ』(KADOKAWA刊)が出版されましたが、今後の展望、やってみたいことはありますか?

▲『まんぷくかえるのおすそわけ』(著・まんぷくアートスタジオ はち/KADOKAWA刊)

はち これまでSNSを中心に活動してきたので、ネットを見ない方にも作品を知っていただけるように書籍・グッズ・展覧会など、幅広く活動を広げていけたらいいなと思っています。

■プロフィール

まんぷくアートスタジオ はち

イラストレーター/背景美術。アニメ制作会社に7年勤めた後、独立。2019年より SNS で投稿している、かえるのイラストが“癒される”“かわいい”と人気に。Twitter: @hachiyahachi1 、Instagram: @hachi_artstudio

はち | Linktree( https://linktr.ee/manpukuartstudiohachi )

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