映画『トップガン』の疑問を元空将が解説「フレアを使うタイミング」

昨年、話題になった映画といえばトム・クルーズ主演の『トップガン マーヴェリック』。日本でも自衛隊への応募者が増えたと言われているほど、世代を問わずに多くの人が見た映画。そこで、空軍軍事のプロフェッショナル・小野田治元空将に、映画を見て疑問に思ったことなどを専門家の視点で解説してもらいました。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 究極のブリーフィング-宇露戦争、台湾、ウサデン、防衛費、安全保障の行方-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

■撮影時期には「兵装」が準備されていなかった

桜林 映画『トップガン マーヴェリック』(以下『マーヴェリック』)ですが、ひとりで何度も見る「追いトップガン」が巷では流行っているそうです。一方、その影響で自衛隊への応募者が増えているともいいます。それも、なぜか海上自衛隊ではなく、航空自衛隊が増えているのだとか。

伊藤(海) 空母がないですからね。

桜林 そうですよね(笑)。とにかくこの『マーヴェリック』についての話をもっとしてほしいというリクエストを多数いただきましたので、御三方に存分に語っていただきたいと思います。もしまだ映画をご覧になっていないという読者の方は、ネタバレを含む内容になっておりますので、その点はご注意ください。

さて、まずお聞きしたいのは、映画を見た人たちのあいだで疑問になっていたという「なぜF-35が使われなかったのか?」という点についてです。小野田さんいわく、その答えは、じつは映画のなかでちゃんと説明されていたとのことですが……。

▲F-35C 写真:National Museum of the U.S. Navy / Wikimedia Commons

小野田(空) 『マーヴェリック』では、敵国の地対空ミサイルに迎撃されないように戦闘機で侵入し、地下にある核施設を破壊する、という任務のシーンがありました。当然のことながら相手のミサイルはレーダーで戦闘機を探知してミサイルを撃つわけですから、できるだけ敵のレーダーに見つからないことが重要になります。

しかし、映画で使われていた戦闘機は、レーダーが探知できないステルス性が非常に高いF-35Cではなく、レーダーで探知可能なF/A-18E/Fスーパーホーネットだった。

だから「なぜF-35使わないの?」という疑問の声が、映画を見た人たちのあいだで上がったわけです。

しかし、そもそもF-35は配備されてまだそれほど年月が経っていません。なので、今回の映画内の任務で必要だったレーザー誘導爆弾を積むための「兵装」が、準備されていない状態でした。

通常、航空機は用途に応じて兵装の拡大を順次行っていきます。たとえば、防空任務なら空対空ミサイルが撃てなければならない。空対空ミサイル搭載時の性能を確認しながら、今度は空対地ミサイルだったり、爆弾だったりと兵装を拡大していく。そうすれば、早く部隊に飛行機を渡すことができるわけです。

これは米海軍においてもまったく同様で、撮影が始まった当時のF-35が積んでいるのはGPS誘導の爆弾だけで、レーザー誘導の爆弾は積めませんでした。

映画のなかでも出てきますが、GPS誘導は電波妨害によって正確な爆撃ができなくなるという欠点があります。一方、レーザー誘導は電波妨害が効かないため、正確に爆弾を落とすことができます。

今回の映画における任務は、目標とする某敵国の地下核施設を破壊するために、敵基地の小さい穴の中に正確に爆弾を落とすというものでした。

本来なら最新鋭のF-35を使いたいところだけれど、敵基地からGPSを妨害する電波が出されているため、F-35のGPS誘導弾が使えない。

だから、レーザー誘導爆弾が積めるF/A-18を“あえて”使う、といった説明が映画内でされていました。

ただし、F/A-18では、ステルス性が低いため、地対空ミサイルからの脅威は大きくなる。したがって、低空を這うように飛んで敵のレーダー波を避けなければならない。それが映画の前半で行われていた訓練です。

そして、優秀なエリートパイロットたちのなかで、それを一番上手にできたのがマーヴェリックだった。その結果、当初は出撃しないはずだった彼がチームリーダーとして派遣されたというわけです。

▲F/A-18D 写真:U.S. Marine Corps photo by Gunnery Sgt. Christopher Giannetti, 2nd Marine Aircraft Wing / Wikimedia Commons

桜林 なるほど。「映画を撮るんだから、2シーター(複座)タイプのあるF/A-18しか使えないに決まっているだろう」という意見もありますが、その点はいかがですか?

小野田(空) F-35は一人乗り(単座)しかないので、おっしゃる通りなんですけど、私に言わせれば「それを言ったらおしまいよ」です(笑)。なぜなら、2シーターでなくても、たとえばCGを駆使すれば映像自体はつくることが可能だからです。実際、本編でも最後に敵国の第5世代戦闘機やF-14の飛行シーンが出てきますが、あれはCGです。だから、CGでも映画をつくろうと思えばつくれた。

でもトム・クルーズさんが、できるだけ本物の戦闘機を使うことにこだわったから、主役の戦闘機が必然的に2シーターのあるF/A-18になった、という裏話は確かにありますね。

■フレアはタイミングと距離が大事

桜林 映画について聞かれることは他にもありますか?

小野田(空) もう3回見た、4回見たという人から質問がきますが、私は1回しか見ていません(笑)。いろいろ専門的な方がいらして、私は答えられる限りで答えています。

たとえば、敵の核施設はあたかも火山の中のようなところにあるため、急上昇したあと、機体を反転させて斜面を急降下するわけですが、その際、なぜ反転するのかという質問がありました。

それはパイロットにかかるマイナスGを防ぐためです。

基本的に戦闘機は、マイナスGになると体が浮いて操縦しにくくなります。また、戦闘機自体の強度もマイナスGのほうが弱いという事情もあるので、ジェットコースターのように急降下するときには、反転することによりマイナスG(浮く)をプラスG(下に押される)に変えるのです。

それから、もう一つよく聞かれるのが、地対空ミサイルを避けるための「フレア」についてです。

フレアというのは、飛行機のエンジンが出す熱線(赤外線)を追尾するミサイルに対して、誤誘導させる目的で放射する強い赤外線の囮(おとり)のことで、戦闘機のお尻のほうから出します。

マグネシウムと硝酸ナトリウム系の混合物を燃焼させてつくり、瞬間的に燃焼温度が2000~2400Kの高温となり、広帯域の赤外線スペクトル分布をつくり出すのです。短射程の地対空ミサイルは、戦闘機の熱を追う赤外線誘導タイプのミサイルが多いので、だいたいそれで防ぐことができます。

ただし、出すタイミングが重要で、撃たれたミサイルが、とある距離に近づいたときに急旋回して自機の赤外線の放射方向を変えた瞬間、フレアを射出してミサイルを引き寄せるのです。普通に真っ直ぐ飛んでフレアを出しても、ミサイルはフレアのほうに誘導されないわけです。

桜林 じゃあ、かなりタイミングと距離が大事なんですね。

小野田(空) 距離があんまり離れているところでフレアを出しても、ミサイルを引き離すことはできません。だから、近すぎても駄目だし、遠すぎても駄目。映画でも急旋回しながらフレアを出してますね。

桜林 出せばいいというわけではないんですね。

小野田(空) フレアは多く積めないので、上手に使わないとあっという間になくなってしまいます。

桜林 技術が問われるんですね。

▲フレアを放出するF-15E 写真:U.S. Air Force photo by SSgt. Aaron Allmon / Wikimedia Commons

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