ラーメン画家・新チトセ「脂絵のきっかけは推しの二郎が休業したから」
2023年03月15日 17時00分WANI BOOKS NewsCrunch
近所のラーメン二郎に行くたびに、気になる絵があった。その店の二郎が油絵となり、飾られている。「絵」と「ラーメン二郎」。どちらにも愛がないと、この絵は描けないだろうなと思わせる魅力があった。
ネットで調べると、この絵の作者は新チトセという女性で、このラーメンの絵画は「油絵」ではなく「脂絵」というらしい。そしてラーメン画家を名乗っているらしい。しかも、ミスiD2022で「ある視点賞」を受賞しているという。いろいろと気になる彼女にインタビューした。

▲ラーメン二郎西台駅前店の脂絵
■ラーメン二郎相模大野店との出会い
ラーメンの絵を描く「脂絵」を作成する謎の美女・新チトセ。幼少期はどんな子どもだったのか。
「出身は関西です。別に隠しているわけではないんですが、ざっくり関西とさせてください(笑)。物心ついたときからずっと絵は描いてました。すごくうまい、という自覚はなかったんですけど、とにかく絵を描くことが好きでしたね」
その頃から周りの女の子とは好みが少し変わっていたそう。
「周りはプリキュアとかに夢中、私はそっちには見向きもしないで、ポケモンが大好きでしたね。男の子っぽいものが好きで、あとは猫と犬を飼っていたので、動物も大好きでした」
動物や、男の子が好きそうなものに興味を持ちつつ、ずっと彼女の中にあったのは、絵を描くことだった。
「ずっとアニメの絵ばかり描いてました、初音ミクが大好きで、漫画とかも描いてましたね。高校のときに美術部に入ったんです。そして、初めて油絵を描いたら親が“めっちゃええやん!”って褒めてくれたんです。あまり褒めない親なんですけど、“アニメの絵は下手やけど、こっちはええやん!”って、私が描いた油絵をすっごく褒めてくれて(笑)、そこから、絵を頑張ろうと思ったんです」
「美術以外にやりたいことがなかったんです」と語る新チトセ。その思いを親に伝えると、親からは「ひとつ約束してほしい」と言われたそう。
「美術をするなら、きちんとそれでご飯を食べられるようになってほしいってことですね。美大の絵に関する学科を出た方って、講師になるか、アーティストになるか、どっちかしかないんですよね。アーティストはなかなか食べていけないので」
その後、大学に進学する新チトセ。
「母子家庭でお金が厳しかったので、地元から離れた国公立の大学に入ったんですけど、そこは寮生活だったんです。あまり悪く言いたくないんですが、その地域の空気が閉鎖的で合わなくて……休みのたびに都会に遊びに行ってました。で、ずっと悩んでたんですけど、3年生のときに編入制度があって、関東の大学に編入することができたんです」
それまで抑圧されていたのが嘘みたいに、関東でのキャンパスライフは楽しかった。
「閉鎖的な地域での月5000円の寮生活から、関東でひとり暮らしはじめたから、すごく楽しくて。授業も楽しいし、同級生にも恵まれました。入ってすぐに“1年生からずっとこの学校にいたみたいだね”って言ってもらえてうれしかった…!」

▲新チトセ
新チトセを構成する、アーティストの部分をこれまで聞いてきたが、もう一方、彼女の構成する大きな要素、ラーメンに関してはどういう出会いだったのか。
「ファーストインパクトは、小さい頃に出会った“ずんどう屋”というラーメン屋ですね。今は東京にもニューヨークにもある一大チェーン店なんですが、基本は関西を中心に展開している豚骨ラーメンのお店で、私が惹かれたのはニンニクなんです。生ニンニクをブシュッと潰して食べるんですけど、もう衝撃で。ニンニクうまっ!って(笑)」
ただ、そこまでは普通のラーメン好きでしたね、と新チトセは笑う。
「通っている学校の近くに、ラーメン二郎相模大野店があったんですけど、ひと口食べて、もうそこから沼ですね(笑)」
「二郎は10軒ほど行ったことありますけど、相模大野は食べたことないんです」と明かすと、「え! 相模大野の二郎に行ったことないんですか? ぜひ行ってみてください!」と目を輝かせた。
「相模大野の二郎はお茶漬け~麺っていうのがあって、つけ麺の麺にふりかけがかかってて、さっぱりしててめちゃめちゃ美味しいんです」
今でこそ “二郎系”と呼ばれるインスパイア店の出現から、市民権を得た感のあるラーメン二郎であるが、ひと昔前はまだ全国的な認知はされておらず、女性のお客さんもまばらだったように思う。
「たぶん、女性で全店舗制覇してる方って、あまりいらっしゃらない気がします。敬愛するAV女優の桃乃木かなさん、私はもう好きすぎて“桃ちゃん”って呼んでるんですけど(笑)。桃ちゃんくらい…?……すみません、ボケました(笑)。正直、こんな私でも悪目立ちするのか、売名行為だ、みたいに叩かれたりするんですよ。“本当に好きなのに!”“売名でこんなに全国各地に行って並ばないよ!”って思ってます」
自他ともに認めるジロリアンである新チトセ。そんな彼女にラーメン二郎の魅力について聞いてみた。
「これは聞かれたら絶対に答えていることなんですけど、“自分なりに変化を感じて、ブレを楽しめるところ”です。ブレというのは、味のブレです。もちろん、自分の好みにとって良いブレもあれば、悪いブレもある。ただ、悪いブレを知っているからこそ、良いブレだと感じることができるわけです。ラーメン二郎全店舗で味が違うし、日によっても味が違う。そこがすごく魅力だなと思います」
■脂絵が欲しい人はラーメン屋さんになって(笑)
新チトセの名がラーメン好きに知られるきっかけになった「脂絵」。これはどのような経緯から始まったのだろうか。
「コロナ禍に新チトセのアカウントを作ったんです。その理由は、私が敬愛しているラーメン二郎京急川崎店が臨時休業になっちゃったから。私、ラーメン食べる以外にやることが本当になくって(笑)。ほかの二郎も臨時休業になっちゃうし、何か新しいことを始めてみようかなって。そこでラーメンを描くようになったんですよね」
印象派の画家は、そのときの精神状態が作品に反映されると聞いたことがある。推しのラーメン屋が休業していて、そのラーメンが食べたくなるのはわかるが、ラーメンを描くというのは、画家としては素直な気がするが……。
「おかしいですよね(笑)。でも、食べたいと同時に、描きたいってなったのにも大きなきっかけがあります。同じ時期に、画家としてもっと学びたくて、いろいろな絵画教室に通っていたんです。そこで川田龍さんという画家と知り合いになって。
その方の作品が売れていくのを見て、私はこれまで絵を売ったことがほとんどなかったけど、こうやって自分の表現で対価を得てみたいって強く思って。川田さんの画力には勝てないけど、自分にしかできないことって何かなと考えたときに“ラーメンへの愛”だと思ったんです」
漫画『ブルーピリオド』に登場する村井八雲のモデルとも言われる川田龍。そんな彼に「ラーメンをモチーフにした画家を目指します」と伝えたら、「ラーメン、すごくイイね! 油絵じゃなくて“脂絵”にしたらどう?」と褒めてくれたとうれしそうに話す。
「そこからは早かったですね、関内二郎、川崎の二郎……私の場合、5個くらいキャンバスを並べて、ちょっとずつ描いていくんです。油絵って乾くのが遅いので、同時進行でいくつもやるんです」
こうしてTwitterで「脂絵」として告知するうちに、うちのお店も描いてほしいとラーメン二郎西台駅前店から依頼を受け、そこから彼女の作品は広がりを見せていった。現在はラーメン二郎西台駅前店のほか、ラーメン二郎横浜関内店、ラーメン二郎小岩店、ラーメン二郎品川店、ラーメン二郎ひたちなか店、ラーメン二郎中山駅前店などで見ることができる。

▲ラーメン二郎京都店の脂絵
「今は個人利用向けの依頼は受けてなくて、お店に飾っていただく目的でしか描いてないですね」
では、個人で彼女の脂絵を手に入れたい方は、どうすればいいのだろうか。
「それはラーメン屋さんになっていただいて、依頼をしていただいて、飾ってもらうしかないですね(笑)。この話は“自分の表現で対価をほしい”というきっかけとは矛盾してしまうんですが、絵の出来上がりを見たら、手放したくなくなるんですよ。でも、お店に行けば見られるじゃないですか。それが個人になっちゃうと、好きなときに見に行けないから…(笑)」

▲ラーメン二郎中山駅前店の脂絵
彼女のラーメンと絵への愛があふれているのがわかったが、脂絵が欲しい人も多そうだ。
「そうですね、フォロワーさんからも絵が欲しいと言われるんですけど、私は、自分の脂絵をもっともっと価値のあるものとして上げていきたいんです。この先、もっと私の絵の価値が上がったら考えちゃうかもしれないけど(笑)、今のところ、売る気はないですね」
■桃乃木かなから学んだこと
ここまで話を聞いて、彼女のブレないスタイルが気になった。
「まず、精神的なことでいうと、最初のほうでも話した桃乃木かなちゃんですね。私、SNSとかを投稿する前は、“桃ちゃん、こういうこと言うかな?”って考えてからツイートしてます。桃ちゃんが言わなそうなことは絶対に言わない。正直、ちょっとイラッとするリプとか、根も葉もないことを言われたりするんですけど、“桃ちゃんは言わないよな”と思って我慢してます。
それから表現についてでいうと、食べること以外に胸を張って好きと言えることが、映画とストリップなんです。特にストリップは、よく1人で見に行くんですけど、美術館に行くような感覚で行ってるんです。美しいな、このアートに勝てないなって落ち込んだこともあるくらい。でも、このアートに勝たないといけないなって思いで描いてます」
以前、油絵を専門に描いている画家の方に、今後の目標について聞くと「立体を作りたい」と言っていたのを思い出した。新チトセは、ストリップを立体芸術として見ているのではないだろうか。
「それはあると思います。たしかに、美大でも油絵をやってる子が最終的に立体に行き着くことがありました。私の中で、インスタレーションとか、彫刻を見に行くのと同じ感覚なんですよね、ストリップを見に行くことは」
ちなみに、推しの方はいるのか聞いてみると。
「言っていいんですか? 真白希実さんですね。演目も語れるくらい好きです」
映画は園子温監督作が好きだと語る。
「『愛のむきだし』とか『恋の罪』とか。女性に限らず、性表現を言い訳なくやっている作品に興味を惹かれるのかもしれません。大学の制作もそういうテーマのものをやってました。私としては、有名なアイドルもAV女優の方も、ストリッパーの方も全員同じで、全部憧れ、アイドルとして見ているんです。造形として美しいもの、として捉えています。可愛い人、みんな好きなんです(笑)」

▲コンカフェでも働く新チトセ
彼女が働いているコンセプトカフェも、そういう彼女の“可愛いものが好き”という思いから入店したいきさつがある。
「バンドじゃないもん!MAXX NAKAYOSHIというアイドルグループの大桃子サンライズ、ちゃんもも◎さんが好きで、私オタクだったので、そのちゃんもも◎さんがコンカフェをプロデュースするって聞いて、応募した感じです。すごく楽しいですね、働いている子が全員ちゃんもものオタクだから、全然ギスギスしてない(笑)。
もともと、お話するのが好きで、特にラーメンの話をするのが大好きなんです。だから、コンカフェだったらもっとラーメン好きの人と交流できると思って。お客さん同士も仲良くなって、すごくうれしいですね」
ミスiDに出たのも、ちゃんもも◎に感化されたから。
「それまでは、私と真逆だなと思ってたんです。自分を出していかないと勝ち残れない世界だし、それまでは内面を出すことをしなかったので。でも、ミスiDに応募して、自分のパーソナルな部分とか、考えを明かすようになったら、周りの人からも“チトセちゃんってアイドルに向いてるね”って言われて。
私、いつも絵を見てほしかったから、今まではアイドル活動のように自分を全面に出すことをあえてしていなかったんですけど、アーティストとして活動していくうえでは、自分も含めてアートなんだという、定義を再確認しました」
他人から言われた言葉で、感銘を受けた言葉はあるのだろうか?
「うーん、他人から言われたことじゃないんですけど、“ラーメンとお酒を飲んだ日は1ミリも痩せない”っていうのはずっと忘れずにいますね(笑)。やはり、私は桃ちゃんを見てるので、あんなに二郎を食べて、あのスタイルを保ってるのが本当にすごいから、目指すだけでも目指してみようと。だから、よく歩くようにしています」
そんな彼女には目標がある。
「まず、何にでも興味を持って、いろいろな表現をしたいですね。絵も、ラーメンに限らず、興味を持ったものは描いていきたい。あと、私の文章にニーズがあるかはわからないけど、ラーメン二郎全店に行ったことがある方は一般的には多くないと思うので、文章表現でも説得力を出せたらいいなぁと思いますね。
それから“うさぎの皮を被ったネコ”という、私が作ったキャラがあるんですけど、そのグッズをヴィレッジヴァンガードとかに展開したい! もちろん、ヴィレヴァン以外にも展開したいんですけど、特にヴィレヴァンにすごい憧れがあって、入り浸っていたので。でも、ぜーんぜんフォロワーが増えないんです…(笑)」

▲“うさぎの皮を被ったネコ”のグッズはオンラインや西荻窪の天狗湯で販売中
そう笑う彼女。脂絵についての活動について聞くと……。
「ラーメンは、二郎に限らず満遍なく食べてるんですけど、正直、これまでは絵のモチーフとしては二郎に心奪われすぎていたので、ほかのラーメンも描いていけたらって思います。あとは、脂絵がラヲタ定番のプレゼントになってほしいな! と願ってるんです。
実際に、塩生姜らー麺専門店MANNISH 神田西口店さんや、中華そばイデタさんのファンの方が依頼してくださったんですが、ラーメン屋さんのファンの方が脂絵をラーメン屋さんにプレゼントする、というのが広まってほしいなって思ってます」

▲塩生姜らー麺専門店MANNISH 神田西口店
■プロフィール
新 チトセ(しん・ちとせ)
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