「コミック的であり写実的」イラストレーター中島花野が切り開く新ジャンル

鮮やかな色使いと繊細な線で、漫画的でありながら絵画のようでもある人物イラストが話題を呼び、数多くの書籍で装画を手掛けているイラストレーターの中島花野さん。

こだわりを英語にするとSticking(スティッキング)。創作におけるスティッキングな部分を、新進気鋭のイラストレーターに聞いていく「イラストレーターのMy Sticking」。中島さんが絵を描き始めた原体験、絵を描くうえで意識していること、今後挑戦したいことまで、いろいろとお伺いしました!

■原点は幼い頃に読んだ『ちゃお6月号』

――絵を描くのは子どもの頃から好きだったんでしょうか?

中島花野(以下、中島) そうですね。絵を描くのは幼い頃からずっと好きで、画用紙に好きな絵をひたすら描いてました。今の自分の作品にもつながってると思うんですが、コミックイラストがすごく好きで。両親が漫画やゲームを際限なく与えてくれるタイプで、そのときに『ちゃお』(小学館)を買ってもらったんですよ。

よく覚えてるんですけど、陣名まい先生の絵が表紙の『ちゃお6月号』でした。その絵の可愛さに衝撃を受けて、ずっと読み続けてました。それから少女漫画をマネして絵を描いてみたり。自分が見て“いいなあ”と思った絵にめちゃくちゃ執着するっていうのは、それが一番最初の記憶だと思いますね。

▲イラスト:中島花野

――6月号、というところまで覚えてるのはすごいですね。何がそこまで衝撃的だったんでしょうか?

中島 幼かったので、お話の内容よりは絵の繊細さですかね。少女漫画って、女の子の目がキラキラして描写が緻密なんですけど、そういうところに衝撃を受けました。“これは人間が描いた線なのか?”と思いました。

――そこまで思ったんですね。

中島 自分には絶対に描けないと思いましたね。目の部分だけ拡大すると宇宙のような細かさがあって。しかも、作家さんによっても目の細部の描き方が違ったり、それぞれこだわりがあったりするので、それ一つ一つがすごいと思いました。そういう「細部に宿る美しさ」にびっくりしましたね。

――それから少女漫画はずっと読み続けてたんでしょうか?

中島 小学5年生くらいまでは読んでたんですけど、ある日突然、親が『週刊少年ジャンプ』(集英社)を買ってきたんです。「今日から毎週『ジャンプ』を読むぞ!」って感じで。親の趣味に引っ張られて、私も自然とそっちに興味が移っていきました。

――『ジャンプ』ではどんな作品が好きだったんですか?

中島 絵でいうと『アイシールド21』ですね。最初は読み切りで読んだんですけど、生命力にあふれた絵に衝撃を受けました。その読み切り部分を『ジャンプ』から切り離して、ファイリングして保存してました。

■初めての仕事がGoogleのロゴ

――子どもの頃から趣味で絵は描いていたということですが、絵を仕事にしていこうと思ったキッカケはあったんでしょうか?

中島 2019年に独立してフリーランスになるんですが、その頃までそういう意識はありませんでした。大学はデザイン科に入ったんですが、なんでデザインに行ったかというと、自分の中で「画家」とか「絵描き」っていう職業が想像つかなかったんです。デザインなら、会社に勤めてデザインやって……という職業としての現実味があったんですよね。

――お仕事をされながら趣味で絵を描くことは続けていたんでしょうか?

中島 趣味で描くことは大学時代からずっと続けてました。趣味だからといって手を抜くことはなく、高めたいと思って描いてはいましたが、趣味の範囲を出るところまでは考えてませんでしたね。でも、急にピョイっと出ちゃうんですけど(笑)。

――そのピョイっと出ちゃったキッカケは?

中島 当時、勤めていた会社で私がしていた業務が、質よりスピードを求められる仕事だったんですね。その仕事は“もっとクオリティを上げたい”と思っても、締め切りがあるから提出しないといけない。

そういう仕事だから仕方ない……と頑張ってたんですが、やっているうちに虚無感を感じるようになってきたんですよ。この仕事にずっと打ち込み続けることはできない。しがらみを全部取っ払って、“一番頑張れることでお金が欲しい”と思うようになってきたんです。

そうしたら、やっぱり絵じゃないかと。仕事以上に情熱を燃やしている趣味の絵が、イコール仕事になったらむちゃくちゃ幸せだし、そっちのほうが絶対頑張れるだろうなというのがあったので。そこで初めて「絵で食べる」ということに挑戦してみようっていう発想が出ました。

――そこで挑戦するっていうのがすばらしいですよね。実際に仕事で絵を描くことになったときはどんなお気持ちでしたか?

中島 仕事としての一発目の絵がGoogleのロゴだったんですよ。

――え! あれが一発目だったんですか?

Celebrating Umeko Tsuda( https://www.google.com/doodles/celebrating-umeko-tsuda )

中島 そうなんです。緊張で吐きそうでした。最初に依頼が来たときはスパムメールじゃないかと思いました。“若手イラストレーターを狙った詐欺では?”って(笑)。

浮世離れしすぎてて現実感なかったですね。その後、装画とかいろいろ依頼をいただいて仕事していくんですが、そのときはうれしいとかよりも“プロとしてちゃんとできるのか? やり遂げねば!”みたいな気持ちが強かったです。毎回、無事にできたときにはホッとしてました。

会社に勤めてるときは、自分がミスをしても最終的には誰かがフォローをしてくれる可能性があるじゃないですか。それがフリーランスになると、責任は自分で全部取らないといけなくなります。作品の質のコントロールであったり、スケジュール管理であったり。それを自分でうまくマネジメントして作品を渡せたときは、自分でお店を始めて、まず一人目のお客さんを満足させられた、みたいなうれしさがありました。

■カテゴライズされない絵を描きたい

――現在、イラストを描かれる環境はどんな感じなんでしょうか?

中島 ベースはすべてアナログで描いてます。自主制作で描いてるものは、ほぼ100%アナログなんですが、仕事で描くものは、微修正が入ったりすることがあるので、柔軟に対応できるように6~7割くらいアナログで描いたものを、デジタルツールで加筆修正して仕上げるって感じですね。

アナログとデジタルの一番の違いって、とにかく面倒くさいってところですね。まず、絵具を出すの面倒くさいし、洗うのも面倒くさい(笑)。デジタルならワンクリックでどんな色でも出せますけど。アナログだと、まず絵具を選んで、“これとこれ混ぜたら、この色が出るかな?”って考えて、それを水で溶いて……としないといけないので、とにかく面倒くさいですね。

▲個展『あの町のこどもたち』プロモーション動画より

――使ってる道具はどんなものなんでしょうか?

中島 私の絵を見た方には「水彩ですか?」って聞かれることが多いんですけど、絵具はほぼアクリルガッシュです。描いてる紙は水彩紙なんです。

――私も水彩かと思ってました。アクリルでこんなに透明感が出るんですね。

中島 そうなんですよ。ビビッドな色合いとか厚みのある色が好きなので、アクリルを使ってるんですが、水彩的なにじみの表現も捨てたくなかったんです。ただ、水彩絵具で水彩紙に描くと、水彩画すぎてしまうというか……。透明感が強くて、優しい感じになりすぎてしまうんですね。

もっとガツンとした感じがほしくて、うまいことできないかなっていろいろ考えてたときに、“アクリルガッシュで水彩紙に描いちゃえばいいや”と思って描いてみたら良かったので、それからそうしてます。

▲個展『あの町のこどもたち』プロモーション動画より

――絵の色合いの秘密が少しわかった気がします。1つの作品を仕上げるのに、どれくらいの時間をかけるんでしょうか?

中島 作品によってピンキリですが、仕事の絵だとラフが決まってから1週間くらい時間の余裕をいただいています。オリジナルの絵だと全然決めてないですね。ちょびちょび2週間くらいかけて描くものもあれば、2~3日でガーッと描いちゃうものもあります。

――絵の特徴として、瞬間の切り取り方がとても特徴的に感じるのですが、そういった意識はありますか?

中島 細かいストーリーをガチガチに考えたりはしないんですが、描いている子が“どういう子なんだろう?”っていうのは考えるようにしています。例えば、髪がゆるんでほつれてたりすると、“この子、寝起きなのかな”とか、“走ったあとで直してる暇なかったのかな”とか。そういう細部からその子の物語が出ているのかな。

その子が過ごしていた一瞬をいろいろ拾い上げて、“この子だったらこうだよね”っていう構図を考えるのは楽しいですね。そういうことを考えて描いてるので、結果的に物語性を感じていただけるのかもしれません。

▲イラスト:中島花野

――漫画のような作り方でもあり、ちょっと新しいジャンルのようにも感じます。

中島 そう言っていただけるのはうれしいですね。今の作品群を描き始めたときに、アニメやコミック的なイラストと写実的なイラスト、そのどっちにも寄らない、どっちでもある絵を描きたいと最初に思ってたんですよ。

そのほうがアニメやコミックが好きな人にも、写実的な絵が好きな人にも、どちらにも届くかなって気がして。あまりカテゴライズされないほうが面白いかなっていうのはありました。「新しい」と言っていただけるのなら、3年前くらいの私に「やったやん!」と言ってあげたいですね(笑)。

――そういう絵を描いてる人がいない、と思ったから描き始めたんでしょうか?

中島 まさにそうですね。イラストレーターの養成塾に通ってたんですが、そこに入る前は自分のオリジナリティが見つけられてなかったんです。その頃にコミティアにお客として行って、“こんな感じのイラスト集があったらうれしいな”って、いろいろ妄想しながら探してたんです。

けれど、限りなく私の趣味に近い作品っていうのはあったんですが、ドンピシャで私が見たいものっていうが、なかなか見つけられなくて。そこで“ないなら描くか”と思ったんです。自分が見たいものがないから、“ないなら描くしかねえ!”って(笑)。

――それはすごいですね!

中島 自分が思う最高のものって、自分にしか出力できないと思うので、人の作品を見てそれがないなって思うのは当たり前で、間違ってることだと思うんですけど(笑)。私の中に“こういう絵が見たい!”っていうのがあって、それを形にできるかやってみようって描き始めた感じです。

――そう思って実際に描けるのも、本当に誰も描いていないものになるのもすごいです。ほかに絵を描くときに意識していることはありますか?

中島 あまり自分の主観を入れないようにしてます。入れすぎてしまうとノイズになってしまう気がして。“自分ならこういう行動しちゃうな”って描いてる絵もあるんですけど、自分自身すぎたり、自分が思ってる人間観が出すぎると、自分の味付けが強すぎちゃうというか。一歩引いて客観を入れていかないと共感してもらえないと思っていて。人に届けるっていう点では、主観100%じゃダメだろうなと思ってます。

■「りんごだから絶対に赤」である必要はない

――幼少期は漫画に影響を受けたとおっしゃってましたが、漫画を描こうとは思わなかったんですか?

中島 今も「漫画描いてみませんか?」ってお話をいただくこともあるんですけど、漫画を描きたいとは思わないんですよね。以前に出した作品集で漫画家の岩澤美翠さんと対談したときに、“私とは全然違う”と感じたことがあって。

岩澤さんは「漫画は物語のその先にあるキャラクターの運命まで伝えるのが役割だと思う」ということをおっしゃってたんですが、私は瞬間を切り取って、いろいろな情報を絵の中に込めたいんです。切り取った結果、受け取り方は自由でいいというか、好きに受け取ってもらえればと思うんです。なので、すべてをお話に起こすっていうのは大変なことだし、漫画家さんはすごいことやってるな、と思いますね。

▲同人誌『One』作品集 2019-2022

――確かに漫画とイラストの表現方法は似ているようで違うかもしれませんね。

中島 そうだと思います。漫画表現って、映像に近いところもありつつ、デザイン的でもあって、コマ割りとかもうまく使いながら状況を見せていったりして。総合格闘技みたいなジャンルだなって思いますね。イラストもデザインも映画も舞台も、全部が入ってるから“できる人はすごいな”って思います。自分は“そっちの人じゃないな”って。

――ちなみに、漫画家さん以外で影響を受けた人っていらっしゃいますか?

中島 そうですね……これも漫画家になっちゃうかもしれないんですけど、メビウス(ジャン・ジロー)さんというフランスのバンドデシネ(漫画)の作家さんですね。色使いがめちゃくちゃかっこよくて、この方は好きですね。

自分の作品でも色はとても気にしている部分なので、色使いに縛られてない感じがして。“岩もピンクに塗っていいんだ!” って思いました。自分の目に写っているものを、そのまま描いてもいいんですけど、せっかく絵なんだから、グラフィックデザイン的に処理しても美しいんだな、というのを全編にわたって自由にやられてる感じがします。

色って絶対的なものじゃなくて、相対で見えるものなので「りんごだから絶対に赤く塗りましょう」じゃなくても、自分の表現したいことに必要であれば全然違う色を塗ってもいいんだっていう考え方を、この人の絵を見てできるようになりましたね。

――人物画が多い印象ですが、今後描いてみたい絵とか、挑戦してみたいジャンルってあったりしますか?

中島 モチーフ的なことで言えば、人物プラスアルファ、例えば風景とかですかね。あとは無機物ですね。今の作品は、人物のバストアップをがっつり掘り下げるということをやっているので、それを支えるプラスアルファのものを描いてみたいです。人の周りにあるものとかも含めた面白い絵が描けないかな、とは思ってますね。

人物って私のタッチや世界観を生かしやすいモチーフだと思うんですけど、それ以外の無機物にも“私らしさ”が出ればいいなと思います。今もあると思うんですが、自分でそれを自覚して、掴んで出していきたいと思っています。小説の挿絵なんかだと、人物だけじゃなくて状況や風景を描かないといけないので、そういう依頼が来ると、いい機会だなと思って楽しんで描いてますね。

――なるほど。個人的には中島さんの動物の絵も見てみたいですね。今年の年賀状のウサギの絵はめちゃくちゃかわいいと思います!

▲イラスト:中島花野

中島 ありがとうございます! 私もめっちゃ気に入ってます!

■イラストは永遠に研究できるテーマ

――ところで、中島さんが最近ハマっていることはありますか?

中島 最近、お味噌汁作りにハマってるんです。今まで自炊をしてなかったので、料理に対する熱意とか全くなかったんですけど、コロナ禍になってから自炊する時間が増えまして。

私、絵のこととか、仕事のこととかをずっと考えちゃうタイプなんです。それがいいときはいいんですけど、あまりにも続くとボーっとしちゃうんです。お味噌汁を朝作って飲むと、それが一旦ストップするんですよね。意識的に何も考えない時間を作るのに、お味噌汁がすごくいいんですよ。

――最後に、今後の野望みたいなものってありますか?

中島 そうですね……。あまり野望みたいなものを考えるのが得意ではなくて。さっきお話したことに尽きてしまうんですが、絵って正解がないじゃないですか。答えがないからずっとできてると思うんですよね。他者から見たわかりやすい目標を設定してもいいんですけど、それが達成されたからといって自分の中にある欲求が満たされないような気がするんですよ。

自分にとってイラストは永遠に研究できるテーマなんです。先ほど言った、コミック的な絵と写実的な絵の中間、ジャンルを横断した絵を描いてみることも、実験みたいな感覚でやったことだったので。そんな感じで自分が興味のあるものをいろいろと掛け合わせて描いてみたら、まだ見たことないジャンルの絵ができるんじゃないかなと思ってるので、そういうことを繰り返していきたいですね。

――イラストの可能性を広げていくというか、ものすごく壮大な目標ですね。

中島 そうですね、人生かけてそれをやっていきたいです。

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