アジア専門ライター・室橋裕和「エスニックを味わうなら北関東」の理由

群馬県高崎市から茨城県鉾田市まで、北関東を横断する国道354号線は「エスニック国道」とも呼べるほど、エスニック料理のレストランやハラルショップ、さらにモスクが点在している。なぜなら北関東には、日本の製造業や農業の現場を支える外国人労働者が集まっているからだ。

彼らは北関東でどんな暮らしをしているのか。タイを中心にアジア圏を取材し、帰国後もアジア専門のライターとして活動する室橋裕和氏は、エスニック国道を旅しながら彼らの生活に迫った。

そのルポルタージュとして室橋氏が執筆した『北関東の異界 エスニック国道354号線 絶品メシとリアル日本』(新潮社)には、北関東で暮らす外国人、そして彼らの傍で暮らす日本人の姿が綴られている。室橋氏が体感した北関東に広がる異国の文化、さらに本には書き切れなかった出会いをニュースクランチ編集部がインタビューで聞いた。

▲室橋裕和

■外国人の生き生きとした暮らしが北関東にあった

――2020年秋頃から今回の書籍化へ向けた旅をスタートしたとのことですが、そのきっかけは?

室橋 Twitterを見てくださった編集者の方から「何か書かないか」と連絡をいただいたのが始まりです。そこからいくつか企画を出し、国道354号線沿い中心に北関東を取材することになりました。もともと北関東には興味があったので、3~4年前からときどき行ってました。たしか、最初に訪れたのはブラジルタウンと言われている大泉や伊勢崎など有名どころだったと思います。

――取材期間はどのくらいだったんですか?

室橋 企画が通って正式に取材を始めてからは1年くらいです。取材をしながら、執筆も進めました。

――取材を通して見えた北関東、そこで暮らす外国人の姿とはどんな印象でしたか。

室橋 それまでの北関東の印象は、何もない場所というか……(笑)。僕の出身地である埼玉県もですが、車の交通量がやたら多くて、風が強くて、東京に憧れている人が多い場所というか。だから、あまり面白味がないと感じていたんです。

けれど、角度を変えると違う魅力が見えてきて、僕自身もあまり北関東のおもしろさを見てこなかったんだなと。日本人が見向きもしないようなところに、外国人の生き生きとした生活があったというか、彼らもこの国で生きているんだなと実感しました。

例えば、ハラルショップや彼らが集まる食堂などは各所にあるのに、その存在を知っている日本人はあんまりいないんです。でも、行ってみると店員さんは意外と日本語が通じるし、皆さん受け入れてくれるんです。日本人との接点を求めている人も多いので。

――ハラルショップで販売されている商品は、日本人でも利用しやすい商品があるのでしょうか。

室橋 スパイスなどは使いやすいと思いますよ。ナンプラーとかは最近、日本人でも使う人が増えていると思うので、そういう場所で販売されている本場の味も買ってみてほしいですね。あと、お菓子やインスタント麺は安価なので、一度試してみてもいいかなと思います。そういうちょっとした買い物をきっかけに、店員の外国人の方と話してみてもいいんじゃないでしょうか。

■館林で味わったナマズ入りカレー

――本のタイトルに「絶品メシ」とあるように、旅の中で発見したさまざま飲食店も登場しますが、北関東で味わうエスニック料理は一味違いましたか?

室橋 そうですね、やはり本場に近い味のお店が多いです。都内でタイ料理ビュッフェをランチタイム800円でやっているようなお店は、一般的な日本人の味覚に合わせているので、全体的に味にパンチがなくてマイルドなんです。だから、タイに住んでいた経験がある自分からすると、“あれ、これがタイ料理?”となっちゃうんですよ。

ところが、茨城県にあるタイ料理のお店は“懐かしい味だな”と思えます。タイ料理に限らず北関東のエスニック料理店は、現地の人も楽しんでいるお店が多いので、本場の味を求めるなら北関東です。

――本場のエスニック料理になじみがない日本人でも食べやすいのでしょうか。

室橋 どうですかね……人によると思います(笑)。辛味が強いとか、肉の量が多過ぎるお店とかはありますから。外観もおしゃれな佇まいのお店ばかりじゃないので、入る前に足が止まってしまう人もいるかもしれません。だけど、やっぱり一度は北関東で本場の味を体験してほしいです。

――今回、取材で訪れたなかで特に印象的だったお店は?

室橋 館林市でロヒンギャ料理に出会えたことは印象的ですね。もしかしたら、日本でロヒンギャの料理が食べられるのはあそこだけなんじゃないかと思います。取材時は食材店が先行オープンして、レストランは準備中という段階だったのですが、しばらくしてからレストランもオープンしたので伺ったんですよ。ロヒンギャ料理では淡水魚をよく使うので、ナマズやシーフードが入ったカレーなどの家庭料理をいただいたんですが、おいしかったです。

▲ミャンマー西部に住んでいたロヒンギャの人々 地図:freeangle / PIXTA

■こんなところがあるなんて全然知らなかった

――この本を読むと、室橋さんが北関東で出会った方々は温かい方ばかりという印象を受けました。

室橋 やはり取材を受けてくれる人は好意的でしたね。なかにはメディアに出るのは……という方もいましたが、何度か通って世間話なんかをしているうちに理解してくれて、取材を受けてもいいと言ってくださる方も多かったです。

僕は若い頃からあちこちの国に行っていたので、彼らの故郷はだいたい巡っているんですよ。そういう話から打ち解けることも多かったので、これまでの経験がコミュニティに入っていくのに役に立ったのかなとも思います。

――本には書ききれなかった出会いもありましたか?

室橋 たくさんありますね。北関東には外国人の方がすごく多く住んでいるので、行けば行くだけ何かしらの出会いがあるんです。本を書き終えてからも行くたびに新たな発見があるので、これも書きたかった、こんな大切なこと今知るのか~とか毎回、思っています(笑)。

例えば、取材中に訪れたスリランカのお寺が分派して、新しいお寺ができていたりするんです。そこも取材したかったですね。この前は、常総市の何もない野原で、冷蔵庫とか洗濯機を並べているちょっと怪しい雰囲気のリサイクルショップを見つけたんですが、そこをやっているのがパキスタン人のすごい陽気なおっちゃんだったんです。2~30年前から常総に住んでいるらしくて、その人とはもっと早く出会いたかったですね。

――取材した方からの反響はいかがでしたか?

室橋 ありがたいことに、いろんな方から好意的な連絡をいただきました。日本人からも外国人からも「言いたいことを代弁してもらえてよかった」と言ってもらえたのでうれしかったです。近くに住んでいる日本人からは「こんなところがあるなんて全然知らなかった」など言ってもらえて。日本人と外国人の交流はなかなか難しいけど、この本を読んで少しでも地元のことを考えるきっかけになったらうれしいですね。

▲この本が交流のきっかけになればと話す

■同じ場所で一緒に生きるために必要なこと

――私も北関東に近い埼玉出身なのですが、身近な場所にモスクがあるというのを知りませんでした。モスクでの交流はいかがでしたか。

室橋 お祈り後の食事の場では「お前も食え」みたいな感じで温かく迎えてくれて。隣で食事をしていると「仕事は何やってるの」「何年くらい日本にいるの」とか何かしら世間話が始まるので、心を開いてくれるきっかけの場になりました。

だけど、モスクって特別な場所ではなくて、日本でも神社で祭祀を行ったあと、直会(なおらい)をする文化があるじゃないですか。モスクに集まるのもそれと同じことです。祈ったあとに、コミュニティのみんなで食事をするというのは、どこの宗教でも根本にあること。そういう意味では、どの文化や宗教にも根幹には共通したものがあるんです。

――北関東に外国人が増えた理由には日本の歴史も関係している、というのも驚きでした。

室橋 あの辺がもともと工場地帯だったから国道354号線もできたし、外国人が多くなったというのは取材する前から想像がついていたんです。けれど、それより以前に埼玉出身の渋沢栄一によって繊維産業が盛んになり、工場地帯となる基礎的な基盤が作られていた、というのは僕も知らなかったです。調べるほど日本の近代化と外国人の増加はリンクしているというのも印象的でしたね。

――室橋さんも埼玉の出身ですしね。

室橋 本当は埼玉も深く取材したかったんですけど、354号線からは少し離れてしまっているので今回は諦めました。川越近辺は日本語学校も多いので、アフリカ人やネパール人が増えていたり、越谷付近では中古車の流通をやっている西アフリカの方が増えているので、また機会があればそのあたりも取材したいです。

――その一方で、移民を受け入れるにあたり起きているトラブルについても書かれていましたが、今回の取材を通して日本人は彼らとどう生きていくべきだと感じましたか。

室橋 外国人というだけで、あまり近寄りたくないと思う日本人もまだまだいますが、やはり特別視しないことが大切なんじゃないですかね。特にアジア人に対して敵視したり、哀れみの目で見る人もいるじゃないですか。普通に生きている彼らを弱者として可哀想と思うことも、おかしいと思うんですよ。彼らも単なる生活者であり、働き手であり、町のおっちゃん・おばちゃんなんです。だから、普通に隣人として接することが大切だと思います。

――室橋さんから見て、北関東の現状はいかがでしょうか。

室橋 役所や支援団体の人は「多文化共生」という言葉をよく使いますけど、僕は無理に交流しなくてもいいと思っていて。外国人と接すれば接するほど、何が正解なのかわからなくなるんです。「みんなで仲良しこよししましょう」って逆に気持ち悪いじゃないですか。だから、普通に隣人として「どうも」と挨拶ができる間柄であればいいと思うんです。

ただ、北関東を含めて現状の日本ではその段階まではいってないところが多い。日本は外国人を受け入れた歴史がまだまだ浅いので、どうつきあっていいのかわからないところもあると思うんです。

そして、外国人も何もかも受け入れてもらえるとは思わず、日本のルールやマナー、しきたりについてはある程度は理解してほしいです。同じ場所で共に生活するためには、お互いが歩み寄らなくてはいけないと思います。

――この本を通して、日本人と日本で暮らす外国人との壁がなくなったらいいですね。

室橋 お互いが“普通の人である”という当たり前の事実を理解できていない気がするので、国籍関係なくお互い普通の人だよ、という認識を持つところから始められればいいなと思います。他国では移民を受け入れ初めてから何百年という歴史があるなか、日本はまだ40年くらいですからね。

移民の国であるアメリカも建国されてから何百年も経っているけど、未だに問題は起きているじゃないですか。だから、日本でもまだまだ問題はこれからたくさん起きると思います。だけど、そのなかで交流も増えていくと思います。

――あらためて、どういう方に読んでもらいたいですか?

室橋 やはり、一番は地元の方ですね。特に若い人に読んでもらって、どういう感想を持ってもいいので、こういう世界があるというのを知ってほしいです。

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■プロフィール

室橋 裕和(むろはし・ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。2023年3月現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。著書に『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)など。Twitter: @muro_asia

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