入試の外国語科目は「文脈を読む能力」が問われる思考力試験

ニューヨーク出身で東京大学名誉教授のロバート・ゲラーさん。「日本の外国語教育はおかしい」が持論のゲラーさんは、諸外国に比べバイリンガル人口が極端に少ないのも日本の外国語教育が間違っている証拠だと語ります。今回は「類推」「文化的背景」をキーワードに、言語学習にとどまらない「文脈を読む力」の重要性を伝えます。

■勉強の仕方をちょっと変えるだけで・・・

ここで日本の教育の特徴の一つである「詰め込み教育」、すなわちもっぱら暗記による知識を増やす教育について取り上げたい。

詰め込み教育を進めたとしても、人間の頭脳は無尽蔵に知識を蓄積できるわけではない。そもそも、詰め込むだけではなく、詰め込んだ情報を思考過程に活かすことこそが、教育の真のゴールとなるべきだ。

すべての知識を記憶するのではなく、文脈から解答を類推するのも勉強のコツだ。「詰め込み学習」は“つらい勉強”かもしれないが、類推から解答を導き出すことは、単なる暗記とは違う“楽しくて面白い勉強”だと思えるのではないか。そしてこの「文脈を読む能力」は、言語の勉強を通して身に付けることができ、大人になってからも非常に役に立つ。

大学入試の英語では、ある文章を読んで設問に答える、というような典型的な問題がある。そこには受験生が知らない単語が出てくることもある。あるいは、頭が真っ白になって、知っているはずの単語の意味をド忘れすることもあるだろう。

そのとき、もし文章全体の7〜8割の単語の意味がわかっていれば、残りの知らない単語は文脈から推測するのだ。これも一つの能力だ。つまり、入学試験の外国語科目は、単なる「英語の試験」だけではなく、思考力を測る学力試験でもあるのだ。

「大学入試に出る英単語リスト」の参考書を、丸ごと一冊覚えなくても大学入試は勝ち抜くことはできる。日常会話のなかで知らない言葉が出てきても、良い意味なのか悪い意味なのか、だいたい推測がつくのと同じように、文脈さえ読めればいい。だからこそ、この「文脈を読む力」が大切なのである。

▲勉強の仕方をちょっと変えるだけで・・・ イメージ:PIXTA

また、語彙を増やすのもコツがある。例をあげよう。「success」(成功)という名詞は和製英語にも取り入れられているから、そこを足がかりにして「successful」(成功した)という形容詞や「succeed」(成功する)という動詞など、派生語を次々と覚えてしまおう。こういう勉強法を使えば、ボキャブラリーを飛躍的に増やすことができる。

入試問題の作成者は「大学入試に出る英単語リスト」に、重きを置きすぎないほうがよい。そのようなリストに引っ張られると「高校では、これ以外の英単語を教えなくていい」という考え方を誘発する。実際に英米で頻繁に使われている言葉の多くは、実は「大学入試に出る英単語リスト」にはない。

勉強の仕方をちょっと変えるだけで、外国語習得のスピードは一気に上がる。外国語を学ぶ機会は、大人になってからも訪れる。30代・40代・50代だからといって、勉強を再スタートするのに遅すぎることはない。不十分だった学校での外国語教育による遅れを挽回するため、今から勉強を始めればいいのだ。

■シチュエーションから真の意味を察する面白さ

言語を正しく身に付けるには、その国の文化的背景を学ぶことが大切だ。それがわかって初めて、相手の言わんとしていることを、ようやく理解できることもよくある。

日本語には「なぞなぞ」がある。権力者を風刺するときにも、遠回しな表現や婉曲的な言い回しを使うことがあるが、英語でも同じことだ(もっとも日本のコメディアンやニュースキャスターは、権威・権力を風刺のネタにするほど、権力者に対して断固とした批判的立ち位置を取れていないようだが)。

フランシスコ・コッポラの映画『ゴッドファーザー』に、次のような有名なセリフがある。

「I don’t want to see him [Paulie] again.Make that first thing on your list.」

このセリフを喋っているのはゴッドファーザーの長男で、相手はその部下だ。直訳すると「もう奴(ポーリー)を見たくない。このことを最優先しろよ」だ。でも本当の意味は「ポーリーを速やかに消せ」となる。

▲シチュエーションから真の意味を察する面白さ イメージ:PIXTA

殺人を実行した後、部下が長男に報告する台詞も有名だ。

「Paulie,Won’t see him no more.」

直訳すると「もうポーリーを見ることはない」となるが、本当の意味は「指示通りもうポーリーを消した」だ(念のため、正しい英語は「no more」ではなく「any more」だ。だが、マフィアは刑法も文法も守らないものだ)。

脚本で1から10まで全部説明し、すべてが説明的でありすぎる映画はつまらない。わざわざ言語化しなくてもいい言葉は割愛されていて、置かれたシチュエーションから真の意味を察する。「ああ、彼はそういうことを言いたかったのか」とピンときたとき『ゴッドファーザー』のようなセリフが光って生きてくる。

文化的背景や文脈から言葉の意味を類推すれば、映画の見方も小説の読み方も変わってくる。これもまた言語を学ぶ醍醐味だ。

※本記事は、ロバート・ゲラー:著『ゲラーさん、ニッポンに物申す』(東京堂出版:刊)より一部を抜粋編集したものです。

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