『野良犬の値段』(幻冬舎:百田尚樹 本体価格1800円)〜本好きのリビドー/悦楽の1冊

『野良犬の値段』(幻冬舎:百田尚樹 本体価格1800円)〜本好きのリビドー/悦楽の1冊

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『野良犬の値段』(幻冬舎:百田尚樹本体価格1800円) (C)週刊実話Web

製靴会社重役の息子が誘拐される。しかしほどなく、攫われたのは彼とよく似た年格好をしていた運転手の息子のほうと判明。だが、犯人は人違いを逆手に居直り、重役にあくまでお前が身代金を払えと迫ってくる。ところがその時、重役はまさに一か八か、全財産を賭けて会社の主導権をめぐる争いの真っ最中。最悪のタイミングで彼は、瀬戸際にある己の立場を度外視して他人の子供のために、私財を投げ打つことができるのか――と、ここまでは昭和38年公開の黒澤明監督『天国と地獄』のメインプロットだ。



著作の累計部数が、昨年、遂に二千万部(!)を超えた著者が初めてミステリーに挑んだ本書。突如ネット上に出現した誘拐サイト≠ェ、一方的に身柄の拘束を宣言したのはどこの馬の骨とも知れぬさえない中年初老の男たち。やがて彼らの名前と顔写真が公表され、その命と引き換えに巨額の身代金が要求されるが、なぜか標的となったのは新聞社とテレビ局だった…という導入部まで読んで、一瞬、前述の黒澤作品を連想してしまったが、あに図らんや。


最終ページまで何が起こるか分からない緊迫感

誘拐された被害者の素性は、単なる愉快犯か、何らかの思想的背景あっての計画的犯行か、犯人の動機と最終目的は? あとはスピーディーな物語の展開に小気味よく身を委ねるのみ。そして怒濤の終局に向かって鼻面をただ引き回される。久々に最終ページまで何が起こるか分からない緊迫感と興奮を存分に味わわされた。これ以上、ストーリーの機微に触れるのは営業妨害になりかねないが、あえて難を言えば、どうしても御都合主義に見えてしまう要素が一点だけ。とはいえこの作品が根本に据えた大きな問いに拘わる条件ゆえ、致し方ないだろう。即刻の映画化を期待する。


(黒椿椿十郎/文芸評論家)



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