日本の歴史の中心を走ってきた「国道16号線」の真価

 国道16号線と聞いても、首都圏以外の人にはピンとこないだろう。東京の都心から30〜40キロ外側、東京湾をふちどるようにぐるりと回る延長約330キロの環状道路だ。横須賀、横浜、町田、八王子、川越、さいたま、春日部、柏、千葉、市原、木更津...と沿線には約1000万人が住む大都市圏でもある。本書『国道16号線』(新潮社)は、この郊外エリアに着目したユニークな文明論である。

 本の帯に「旧石器時代から人が住み、武士集団が駆け、頼朝と家康を呼び寄せた。近代に入ると絹と軍艦で経済を支え、ユーミンはじめ新しい歌がここから生まれた」とある。16号沿線に住む者として、見逃せない1冊だと思い、手に取った。

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 「リゾートホテルと米軍とショッピングモールが同居する」、「地価高騰がクレヨンしんちゃん一家を呼び寄せた」、「貝塚と大学の数が日本一多い」、「ユーミンが16号線と六本木を音楽で結んだ」、「『翔んで埼玉』が描くダサイタマと江戸中心主義の幻想」など、面白そうな見出しが並ぶ。ちょっと軽めの本かと思ったら、歴史と地理、経済と社会、風俗的観点を押さえた、しっかりした内容だった。

 著者の柳瀬博一さんは、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授(メディア論)。学者にしては見出しがジャーナリスティックだと思ったら、長く日経BP社に在籍し、記者や単行本の編集を手掛けた人だった。共著書に『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』(晶文社)、『「奇跡の自然」の守りかた』(ちくまプリマー新書)など。

??大学と城と貝塚と石器が同じ場所で見つかる

 4枚の地図を並べた「大学と城と貝塚と石器が同じ場所で見つかる」というページに、目が留まった。国道としての16号線が施行されたのは1963年だが、3万数千年前から現在に至るまで、時代ごとの遺跡や建造物をピックアップして、点として地図にプロットすると、16号線エリアには旧石器時代から現代まで人々の営みがあったことがわかるというのだ。

 なぜ営々と、このエリアに人々が暮らし続けたのか、柳瀬さんは「山と谷と湿原と水辺」がワンセットになった小流域地形が人々を呼び寄せた、という仮説を披露し、検証していく。

 16号線は、東京郊外の平坦な道路というイメージを持っている人もいるかもしれないが、実際に走ると意外とアップダウンのある区間も少なくない。小さな谷と川を横切るからだ。

 小さな川が多い場所は、全国ほかにもあるが、このエリアのユニークな地理的条件を以下のように説明する。

 「『小流域』地形がつらなっているだけではなかった。2つの半島といくつもの台地の存在、そして東京湾という巨大な内海と旧・利根川や荒川、多摩川といった大型河川が備わっていたことが、他の地域との違いだ」

 なぜ、ここにユニークな地形が生まれたのか、それは4つのプレートがぶつかる地質学上唯一無二の場所だからである、と説明している。

??家康がつくった江戸中心主義の幻想

 「『翔んで埼玉』が描くダサイタマと江戸中心主義の幻想」という項目で、なぜ、埼玉や千葉の16号線エリアが田舎だと思われているかを取り上げている。それは徳川家康が入城するまで「江戸は寒村だった」というイメージが定着しているからだ。だが、複数の歴史学者の説を紹介し、家康入城以前から江戸はターミナルとして人や物資が動いていたことにふれている。そして、こう書いている。

 「『翔んで埼玉』で描かれた『東京=江戸の中心が一番都会で、そこから周縁に行くほど田舎』という『都会指数』のイメージは、江戸時代初期に家康や幕府によって設定されたのだ」

 そして、16号線に近い鎌倉が一時期は日本の中心だったこと、関東武士が源頼朝の鎌倉幕府を支えたこと、中世の鎌倉街道は16号線と重なることなどを指摘している。

 明治以降、八王子と横浜を結ぶ「日本のシルクロード」だったこと、16号線エリアの台地に馬の放牧地と飛行機の基地、港には軍港が作られ、軍とシルクと港が音楽を生んだと筆を進める。ユーミンやクレイジーケンバンドとの関連が書かれている。

 16号線に関する先行書として、西村晃の『日本が読める国道16号』(双葉社)などを紹介している。確かに大型店やショッピングモールが多い16号線沿いは、商業の観点で語られることが多かった。本書は「小流域地形」という地理的条件に注目し、歴史的記述と絡めたところに独自性がある。

 ところで自分が16号線沿いに住んでいると意識している当該エリアの住民は少ないだろう。なぜなら東京から放射状に延びる鉄道の方をふだん意識しているからだ。横須賀線、東急田園都市線、小田急線、中央線、東北線、常磐線、総武線......。車で16号線を走っても距離は短い。すぐに東京と結ぶ高速道路などにそれてしまう。

 しかし、コロナ禍の今、16号線が再発見される、と柳瀬さんは最後に指摘している。都心まで1時間半で通勤できるし、リモートワークで出勤回数も減っている。格安で広い家が手に入るし、周囲には自然があふれている。評者も16号線エリアのありがたさを本当に痛感している。そうした読者の支持を集めたのか、昨年11月の刊行以来、5刷を重ねている。紹介しきれないほど新しい知見に満ちた本だ。

(BOOKウォッチ編集部)

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