ヒトラーが夢見た「巨大列車」とは。ドイツ国鉄の12年描く労作

 ドイツを旅行したことがある人であれば、ドイツの鉄道のすばらしさに感嘆したことがあるだろう。高速、正確、網の目のようなネットワーク、行き届いたサービス......。しかし、ナチス・ドイツの時代、強制収容所・絶滅収容所にユダヤ人を大量輸送した「血塗られた」過去があったのも事実である。本書『ナチスと鉄道』(NHK出版新書)は、ドイツ国鉄とヒトラーの12年をその前史も含め精緻に描いた労作である。

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 この本を手に取ったのは、最近、「独ソ戦」がにわかに注目されているからだ。第166回直木賞候補になった逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)は、1942年、独ソ戦の真っ只中が舞台。ドイツ軍の襲撃により母を殺された少女は、赤軍女性兵士に命を救われる。復讐を誓った彼女は、女性狙撃小隊の一員となりスターリングラードの前線へ赴くという小説で、「本屋大賞」2022にもノミネートされている。キャッチーな装幀で若者の支持も厚い。

 「独ソ戦」に世間の眼を向けさせたのは、「新書大賞2020」を受賞した、大木毅さんの『独ソ戦』(岩波新書)であることは間違いない。対ソ戦の緒戦でドイツ軍はめざましい戦果をあげ、怒涛の勢いでソ連の国土に進軍する。当初ドイツは短期決戦による圧勝を確信していたが、鉄道や道路状態が悪く進軍に手間取ったこと、戦線が拡大し補給線が伸びすぎたことなどいくつもの要因が重なり、敗走する。そして、結果的にナチス・ドイツは崩壊する。

 ナチスは、そしてヒトラーは鉄道をどう見ていたのか? そして、実際どのように運用したのか? そういう観点から、本書を読んでみた。

 著者の鴋澤(ばんざわ)歩さんは大阪大学大学院経済学研究科教授。1966年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程中退、在ベルリン日本国総領事館(当時)専門調査員などを経て現職。専門は近現代ドイツ経済史・経営史。博士(経済学)。 著書に『ドイツ工業化における鉄道業』(有斐閣、第50回日経・経済図書文化賞)、『鉄道人とナチス』(国書刊行会、第44回交通図書賞、第20回鉄道史学会・住田奨励賞)、『鉄道のドイツ史』(中公新書)、『ふたつのドイツ国鉄』(NTT出版)などがある。ドイツの鉄道の歴史に精通した人だ。

 本書の構成は以下の通り。

 第1章 前史・統一機関車
 第2章 レール・ツェッペリンと「飛ぶハンブルク人」
 第3章 〇五形機関車とSバーン
 第4章 「休戦の客車」と凍える車輛
 第5章 戦時機関車と超広軌鉄道
 第6章 装甲列車と「死への特別列車」
 第7章 総統専用列車

 ナチス・ドイツを生み出したワイマール共和国の崩壊から、第二次世界大戦における敗亡までを、鉄道という切り口から描き出した通史である。当時の最先端技術を結集した新車両開発、交通政策をめぐる組織内外の駆け引きが前半で描かれる。ナチスの国鉄組織への侵入があったことも書かれている。

◼️アウトバーンも作ったドイツ国鉄

 ヒトラーが自動車専用道路アウトバーンを作らせたことは、あまりに有名だが、驚くべきことに、当時のドイツ国鉄(ライヒスバーン)は自らの手でアウトバーン建設に乗り出すのだ。だが、政治的な駆け引きで主導権を取られ、将来の最大のライバルを「自分の金と人を費やしてバックアップしただけ」という皮肉な結果に終わった。

 独ソ戦についての記述を見てみよう。鉄道輸送の準備が遅れていたことは間違いないが、「まず当てが外れたのは、潰走したはずの赤軍が鉄道施設をほとんど破壊するか持ち去っていたことである」。当時の日本の鉄道技師が、「何もなく野球のグランドのようになっている」と形容したほど、徹底的にソ連軍は鉄道を破壊していた。

 ドイツ軍は線路を敷き直したが、もともとドイツ鉄道の輸送量が少なかったことに問題があったと指摘している。日本でも1925(大正14)年に交換が終わっていた自動連結器の導入がドイツでは遅れていた。大単位の貨物列車は不可能だった。国際輸送が一般的だったヨーロッパでは一斉に取り換える必要があったため、工事は不可能だったのだ。

 戦況は悪化していたが、ヒトラーの個人的趣向から、「軌間4メートルの超高速列車」という命令が出ていた。日本の新幹線が1435ミリ(1.435メートル)だから、その途方もなさがわかるだろう。これは結局「軌間3メートル」ということでヒトラーの承認を得ていた。映画館車両まで備えた列車が構想されていた。こと鉄道に関しては、ヒトラーはあまり現実的ではなく、夢想家という印象を受けた。

 そして、死の特別列車......。これはドイツ国鉄にとって極秘の一大事業でもなんでもなく、一係長が担当する、通常業務にすぎなかった、と書いている。何百万人の人々が殺戮の現場まで定期的に輸送された。特別列車は「家畜車」「動く獄房」と呼ばれたという。

 すでに1942年頃には絶滅収容所の実態に連合軍はほぼ気づいていたが、ユダヤ人移送の列車への攻撃を検討したものの、実行することはなかったという。

 「鉄道の終わりは、ドイツの戦争の終わりだった」と終章で書いている。最後にヒトラーは鉄道の破壊を命じたが、ほぼ9割の鉄道管区はすでに敵の手中にあり、命令は黙殺された。そもそも鉄道の破壊はかなり進んでいたのである。

 BOOKウォッチでは、『独ソ戦』(岩波新書)を紹介済みだ。

(BOOKウォッチ編集部)

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