53歳、40年ぶりにピアノに再挑戦! 稲垣えみ子が見つけた「とんでもない鉱脈」とは?

 「退職して時間ができたら、まだ元気なうちに、ずっとやりたくてもできなかったことに挑戦したい――」

 元朝日新聞記者で、アフロヘアがトレードマークの稲垣えみ子さん。50歳で会社を早期退職し、53歳で40年ぶりにピアノ再挑戦! ピアノも持っておらず、今更手が動くのかもわからず、それでも1歩踏み出した。

 本書『老後とピアノ』(ポプラ社)は、そんな稲垣さんとピアノとの「笑いあり涙ありの出会いと格闘の軌跡」を軽妙な筆致でつづったエッセイ集。人生後半戦を楽しく生きるヒントが散りばめられている。

 「私にとってピアノとは、老い方のレッスンなのかもしれない。どれだけ衰えてもダメになっても、今この瞬間を楽しみながら努力することができるかどうかが試されているのだ。登っていけるかどうかなんて関係なく、ただ目の前のことを精一杯やることを幸せと思うことができるのか? もしそれができたなら、これから先、長い人生の下り坂がどれほど続こうと、何を恐れることがあるだろう」

◼️もう1度ピアノをやりたい

 本書は「chapter1 40年ぶりのピアノ」「chapter2 弾きたい曲を弾いてみる」「chapter3 動かぬ体、働かぬ脳」「chapter4 ああ発表会」「chapter5 老後とピアノ」の構成。

 大学を出てからというもの、競争から振り落とされまいと必死に働き、ずっと「やりたくてもできないこと」をたくさん抱えて生きてきたという稲垣さん。その1つが「ピアノを習うこと」だった。

 中学入学と同時に投げ出したピアノ。「あの辛気臭い『練習』ってものを金輪際しなくて済む!」と、当時は実に晴れ晴れとした思いだった。

 ところが、心のどこかでピアノを諦めきれず、もう1度ピアノをやりたい、と40歳になった頃からぼんやり思い始める。人生経験を積み、様々な失敗や挫折を繰り返し、半世紀を生き抜いてきて、今なら絶対にできるはずだ、と。

 「そうきっと、やればできる。なんだってできる。もしそれが本当に本当なら、これからの長い老い先だって恐れることなどあるものか。つまりはこの挑戦には私の老後がかかっているのである」

◼️人生の12分の1を捧げている

 というわけで、40年ぶりのピアノに本気で取り組むことになった。レッスン場はピアノがある近所のブックカフェ、先生は若きイケメンのプロピアニスト......という、ちょっと特殊な(傍から見ると羨ましくもある)ピアノライフが始まった。

 さて、練習はどのくらいやるべきか。「5分でもいいので1日1回はピアノに触ったほうがいいですネ」と先生。上達は、練習を終え時が経過すれば徐々に消えていってしまうため、完全に消えてしまう前に再び練習することが大事なのだという。

 「今にして思えば、この時が人生の分水嶺であった。5分どころか、以来、来る日も来る日も最低2時間はピアノに向かっている。真面目だからとか熱心だからということではなく、5分ぽっちではとてもじゃないが進歩など望めないことがすぐにわかったからだ。(中略)あっさり人生の12分の1をピアノに捧げているのである。ピアノに人生を乗っ取られたと言っても過言ではない」

◼️眠っていた鉱脈に気づく

 「挫折」と「敗北」の連続でしかなく、しかも「時間泥棒」......にもかかわらず、ピアノはいつの間にか稲垣さんの人生にしっかりと入り込んでいた。

 「これから閉じていく一方の我が人生の中で絶対に失ってはいけない何か、そう生きていくうえでかけがえのない何か、つまりはなんというか『希望』のようなものが、確かにそこにある気がするのである」

 指は動かないわ頭は動かないわ楽譜は老眼で見えないわ......と「思うようにならなさ」を嘆きつつ、めげずに続けるうちに、「私はとんでもない鉱脈を見つけてしまったのだ」。

 なんでも、余分な「力み」を抜いたとき、まるで水道管の詰まりが取れたように「生の自分」とでもいうべきものがふわっと表に出てきたという。

 「私はずっと、何事も目標を定め、それに向かって邁進すればすごいものを手に入れられると思ってきた。でもそうじゃなかったのである。『本当のすごいもの』は、そんなものとは関係なくそこにあったのだ。こうありたい、こうあらねばというエゴを捨て去った先に、その眠っていた鉱脈に気づくことができるのである」

 なぜ、あのときもっと頑張らなかったのか、と悔やんでいることがあるなら、やってみればいい。年齢的にどうにもならない壁にぶち当たったとしても、今の自分だから気づけることがある。本書から、そんなメッセージを受け取った。「老後と○○」の「○○」は人それぞれだが、どんな「○○」でも、1歩踏み出す勇気をくれるだろう。

 本書は、ピアノ音楽誌「ショパン」(ハンナ)の連載(2018年1月号から2021年12月号)を大幅に加筆修正し、書籍化したもの。

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■稲垣えみ子さんプロフィール 1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞社で、論説委員、編集委員をつとめ、2016年に50歳で退社。以来、夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしの「楽しく閉じて行く生活」を模索中。著書に『魂の退社』『寂しい生活』『人生はどこでもドア』『アフロ記者』『一人飲みで生きていく』など。『もうレシピ本はいらない』で第5回料理レシピ本大賞料理部門エッセイ賞を受賞。

※画像提供:ポプラ社

(BOOKウォッチ編集部 Yukako)

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