僕らはひどく孤独になりやすい社会で生きている<東畑開人さんインタビュー 前編>

「人生にはときどき、迷子になってしまう時期があります」

この本のテーマは、ここからひも解かれていく。たとえば、仕事で大失敗したり、パートナーから別れを切り出されたり、家族の問題が生じたり......。小さな失敗から自信を失い、微妙なすれ違いから他人を信頼できなくなることもある。さまざまな苦悩を抱える人たちと向き合い、心の声に耳を傾けてきたのが臨床心理士の東畑開人さんだ。

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東畑開人さん

東京の街でカウンセリングルームを主宰する東畑さんの新刊『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮社)。本書のテーマは、<この自由で過酷な社会を「いかに生きるか」>だという。その大きな問いの答えにたどり着くため、東畑さんは読者をカウンセリングの世界へ誘っていく。読んでいるうちに、まるで自分もセラピーを受けているような感覚になる本なのだ。

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『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮社)

??「寂しい」と感じるのは成熟の証

――この新作はどのような人に読んでもらいたいと思って、書かれたのですか?

東畑:これは読んだ後に寂しくなる本だと思います。寂しさというのは何かふわふわと掴みどころがなく、捉えにくい感情なのだけど、自分は寂しいんだとか、自分はひとりであるという気持ちを抱える人たちに向けてこの本を書けたら、と思いました。 そもそも日本の社会はあまり寂しいという気持ちを人に言わない文化のような気がします。けれど、今の社会ではつながりが非常にはかないですから、寂しいものは寂しいのではないかと。寂しいって未熟な気持ちと思われがちですが、むしろ人として成熟するからこそきちんと感じられるものだと思って、しっかり受けとめた方がいいんじゃないかと思うんです。

――今の時代はSNSで誰とでもつながることができるし、人があふれる都会では出会いの機会も多いかもしれない。それなのに寂しさや孤独がつのるのはなぜでしょう。

東畑:今はすごく"おせっかい"が減った社会ですよね。おせっかいが余計な世話を焼くことだと敬遠され、他者に対して極力ふれないようにする風潮がある。かつて色々なところにあった中間共同体が無くなって、仲間意識を持てる空間が減っています。SNSではつながっていても、現実の人間関係では他人に踏み込んで欲しくないと考える人も多い。僕らはひどく孤独になりやすい社会で生きています。

――寂しいとか、悲しいというネガティブな感情は家族や友人にも伝えにくいもの。そんな自分を変えたい、もっとポジティブに生きたいと自己啓発本を読む人も増えていますね。

東畑:僕も自己啓発本は基本的に好きなんです。「よし、やるぞ!」とテンションが上がるので。そうして気分を盛り上げて目の前のことを乗り切ることが大事なときもあります。しかし、その際に切り捨てたマイナスの感情は後から追いかけてくるものなので、いっそテンションを下げる本があってもいいように思ったんですね。本屋さんにはいろんな自己啓発本が並んでいるけれど、何か違うんだよな......ということもあるじゃないですか。ポジティブになるだけが心のケアではなく、ネガティブな部分を味わうこともケアだと思うんです。だから、この本はあらゆる自己啓発本とセットで読んで欲しいですね。

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??心に補助線を引いてみる

――『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』というタイトルにはどんな思いが込められているのでしょう。

東畑:現代は多様性の時代といわれるように、世の中にはいろんな生き方があります。でも、自分の生き方は何だろうと考えたとき、それはどこにも書かれていないから自分で探さなければいけない。それぞれ抱えている事情も違えば、生きている環境も違う。歩んできた歴史だって全然違うでしょう。だから、どう生きるのが善いかはケース・バイ・ケース。定まった答えはないんです。「なんでも見つかる夜」というのは、人の生き方はいろいろあるけれど、夜のように視界が悪くて先が見えない世界にいるということ。その中で見失いがちな「こころ」について考える本になればと思いました。

――誰しも自分が今どこにいて、どこに向かえばいいのかわからなくなるときがある。東畑さんはそれを「夜の航海」をする小舟に例え、何とか航海を続けていくためのサポートとして「心の補助線」という方法を挙げていますね。

東畑:補助線というのは、複雑な図形をわかりやすい形に変えてくれるものです。算数でいうと、いびつな形の五角形の面積を求める問題が出たとします。そのままの形で考えるのは難しいけれど、補助線を引くと、それが三角形と四角形の組み合わせであることがわかる。それぞれの面積を求めて足し算をすれば全体の面積が出ます。 「心の補助線」も、複雑な心を複雑なままに扱う技術です。心は曖昧模糊としていて、自分が何を考えているのかもよくわからない。でも、そこに補助線を引いて分解してみると、自分の中にどういう思いがあって、どう葛藤しているのかが見えてきます。 わかりやすい例をあげると、心に補助線を引くと「馬とジョッキー」が現れることがあります。意のままにならない馬と、その馬を意のままにしたいジョッキーがいて、その2つが押したり、引いたりしながら、あなたの心は営まれているのです。例えば、寒い朝の布団の中で目覚まし時計が鳴ったとします。馬はもうちょっと寝ていたいと主張し、ジョッキーは起きて朝の準備をしようと主張する。馬とはあなたの心の衝動に突き動かされる部分であり、これに対してジョッキーはあなたの心の舵取りを担っている部分です。 本書では「馬とジョッキー」「愛することと働くこと」「シェアとナイショ」「スッキリとモヤモヤ」「ポジティブとネガティブ」「純粋と不純」といった補助線について説明しています。なぜカウンセラーがいるかというと、こうした補助線を引くためなのです。心をそのまま考えるのは難しいから、いったん分けてみることが役に立つのです。

??占い師や宗教家もライバル

――カウンセリングに関心を持つ人も増えているように思いますが、日本ではまだ敷居が高いイメージもあります。カウンセリングではどのようなことをするのでしょうか。

東畑:ひと言でいえば、心についての理解を話し合う場所だと思います。心の中にはこういう気持ちがあるということを、カウンセラーとクライエントが話し合って、どうすればいいんだろうと考える場所ですね。 カウンセリングにもいろいろ種類があります。病院でのカウンセリングは、病気を抱える人が生きやすくするために行い、会社でやっているのは社員がより良く働けるように行われるもの。そして僕が街のカウンセリングルームでやっていることは、本質的には心理学的な人生相談です。どう生きたらいいんだろうかという人生の問題を考えてるわけですから。そういう意味では、占い師とか、宗教家とか、彼らが同業者であり、ライバルでもあります(笑)。 宗教家というのは、神や仏を信じることによって問題解決を図っていく。一方、僕らのような臨床心理士は、どうすれば人間を信じることができるのだろうかということが問題になっているように思う。孤独や寂しさって、他者を信じられないという問題ですよね。なぜ信じられないのかというと、人間関係において傷ついた経験があるからだろうと。ですから、カウンセリングとは自分を理解していくプロセスでもあります。クライエントにはそれぞれ人生の物語があり、これまで語られなかった物語について話し合っていく。そうすることで自己理解が深まっていき、今までと少しだけ違った生き方に踏み出すことができるようになる。

――そもそも東畑さんが臨床心理士を目指した原点にはどのような関心があったのですか。

東畑:僕の中にはどうも中心からはみ出してしまうものに対する関心が非常に強くあるんです。なんでなんでしょうね。中心と周縁の間をうろちょろしている子どもだったのかもしれない。臨床心理学とは、いわば時代にうまく乗りきれない人のための学問だと思うんです。そして、時代の大きな物語ともまた別の物語があるのだということを探求する学問なので、そういう意味では僕もフィットするところがあったのでしょう。

――実際、この道を歩み始めてからも波瀾万丈の道のりだったようですね。

東畑:いや、それほどではないと思うのですが(笑)これまで僕が書いてきた本は絶えざるキャリア探しの物語というか、転職物語なんですよ。『居るのはつらいよ』は長く苦しい大学院生活の末にやっと就職した沖縄のクリニックを辞めるまでの話だし、『野の医者は笑う』は失職してから大学の仕事を見つけるまでの苦難の話。キャリアというのはままならず、自分で全部探さなきゃいけないという辛さがたえずありました。それがまさにこの本で書いた「小舟化」ですね。小舟で不安定な社会を渡っていかないといけない。そういう時代だからこそ、個人のことを個人のこととして考える心理士という仕事が求められるのだと思ってますね。

臨床心理士として、学校や病院でさまざまな苦悩を抱える人たちの声に耳を傾けてきた東畑さん。自身のカウンセリングルームではどのような出会いがあったのだろう。(後編につづく)

(取材・文 歌代幸子/ノンフィクションライター)

■東畑開人さんプロフィール

とうはた・かいと/1983年生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学で准教授として教鞭をとった後、2022年3月現在、白金高輪カウンセリングルーム主宰。博士(教育学)・臨床心理士。著書に『野の医者は笑う―心の治療とは何か?』(誠信書房 2015)『日本のありふれた心理療法―ローカルな日常臨床のための心理学と医療人類学』(誠信書房 2017)『居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書』(医学書院 2019)『心はどこへ消えた?』(文藝春秋 2021)。訳書にジェイムス・デイビス『心理療法家の人類学―こころの専門家はいかにして作られるか』(誠信書房 2018)。『居るのはつらいよ』で第19回(2019年)大佛次郎論壇賞受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020受賞。

※撮影:BOOKウォッチ編集部

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