劇団内のバイセクシャルな関係描く、松浦理英子さんの5年ぶりの新作

 寡作で知られる作家・松浦理英子さんの5年ぶりの新作と聞けば、興味を持たざるをえないだろう。代表作『親指Pの修業時代』では、足の一方の親指が男性器のような形状となった女性の物語を、『犬身』では、犬に変身してしまった女性の物語を描き、読書家の関心をひいてきた作家である。

 そして本書『ヒカリ文集』(講談社)は、学生劇団で男とも女とも恋を重ねたヒカリという女性について、当事者の6人の男女が語るという構成。「宿命の女(ファム・ファタール)」のイメージを塗り替える恋愛小説だ。

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 劇団員の一人だった鷹野裕による「序に代えて」という文章が最初に出てくる。劇団の劇作家兼演出家だった破月悠高が東日本大震災の被災地にボランティアとして通い、その地で亡くなったことがまず告知される。

 破月は未完の戯曲を遺稿として残していた。劇団員が実名で登場するが、舞台には登場しない「賀集ヒカリ」という女性がどうやらカギになる人物ということがわかる。

 劇団が解散してから6、7年ぶりに元劇団員が集まるという設定だが、肝心のヒカリはSNSで告知したものの来るかどうかわからないという緊張感が漂っている。

 5人の書いた文が順番に掲載されている。劇団員相互の人間関係やヒカリとのつき合いの濃淡がにじみ出てくる。

 「ヒカリとのつき合いは半分は嘘だろうと思いつつ楽しむのが賢明なのだ......」(鷹野裕)

 劇団の主宰者だった破月と鷹野はライバルのような関係に描かれているが、実際には鷹野はブレイン的存在だった。その後小説を書いたが、当時脚本は封印していたようだ。

 ところで、劇団の名前は「ニュー・トラジック・ラクーン」と言った。最初「ニュー・トラジック・ライト(新しい悲劇的な権利)」にしようと、破月は考えていた。だが、「それは恰好つけ過ぎてる。可愛げがないとだめだ。アライグマがいい」と鷹野が言い、「ラクーン」になったという。

 実際には「NTR」と呼ばれることが多く、鷹野は「寝、取、る」の子音だと、うそぶく。たわいないエピソードだが、劇団内のどろどろとした人間関係が浮かび上がる。

 「ヒカリのいう『好き』は私の思う『好き』とは違っていた......」(飛方雪実)

 雪実とも仲がよかった鷹野は雪実がレズビアンであることを知っていた。色香はないが、「質のいいマンガかアニメに出てくる少女戦士のような凛々しさが備わっていた」と書いている。

 ヒカリに恋した雪実には、こんなせりふも。

 「人を喜ばせるのが趣味だもんね。あれ、恋愛経験乏しかったら愛情と勘違いして痛い目に遭うよ。私みたいに」

??「3か月限定の恋人」なら

 「完璧な恋人としてふるまうロボットのよう......」(小滝朝奈)

 朝奈が入団した頃、ヒカリは雪実とつき合っていた。だが、別れた後につき合い始めたのが、雪実といちばん親しい友人だった鷹野だったことに呆れた。その半年後には鷹野を振った。「ああ見えてヒカリは人を誘惑しては捨てる残酷な遊び人なのではないか」と疑い、がぜん興味を持ったのだ。

 ヒカリに恋した朝奈だが、ヒカリからは「3か月限定の恋人」ならと言われた。その間は完璧な恋人のようにふるまってくれたのだった。

 「この子はこんなに可愛いのにどうして幸せじゃないのだろう......」(真岡久代)

 久代は亡くなった破月の妻だった。もともとヒカリを劇団にスカウトしたのは久代だった。ヒカリは破月とも久代ともつき合ったが、別れた。振られた者同士が結婚したようなものだった。

 「僕はヒカリさんに介護されているような気がします......」(秋谷優也)

 もっとも年下だった秋谷は、「ヒカリさんは優しくて悲しくてとてつもなく魅力的な偽物の恋人だった」と結んでいる。

 学生劇団の「あるある」エピソードを紹介しながらも、こんなドキリとしたせりふも出てくる。

 「おまえなんか劇団の最高権力者だったんだから、より取り見取りだっただろう」「馬鹿言うな。立場を利用して女優を意のままにしたことなんかないぞ」

 鷹野の破月のやりとりとして、破月が書いたせりふだ。最近話題になっている映画監督によるセクハラ問題を想起すると、映画に限らず芸術の各分野で根の深い問題だと思った。

 破月は実はヒカリとは性的な関係はなかった、と告白している。「抱き合ってても、いっこうに体の芯を温めないぬるい湯につかってるような......」と書いている。

 マドンナ的存在のヒカリはとうとう最後まで登場しない。SNSによると、どこかアジアのような外国に滞在しているらしい。

 凝った構成で、読み進むうちに人間関係のひだが解明されていく推理小説のような面白さもある作品だ。

 余談だが、本書の発行日は「2022年2月22日」で、「2」がずらりと並んでいる。「2=バイ」セクシャルにひっかけた訳ではないだろうが、シンボリックだと思った。多様な性を描きながら、ある種のすがすがしさを体現しているのも、いつもの松浦流である。

(BOOKウォッチ編集部)

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