35歳。夫が「赤ちゃん、欲しくない?」 直木賞候補作家が描く家族の形。

 第167回芥川賞・直木賞候補作が決定した。候補者10人のうち、芥川賞は5人全員、直木賞は4人が女性。1935年の賞の創設以来、芥川賞の候補者全員が女性になるのは初という。選考会は7月20日に行われる。

 直木賞候補作『夜に星を放つ』の著者・窪美澄さんは、『じっと手を見る』(2018年)、『トリニティ』(2019年)以来、3度目のノミネートとなる。

 既婚、未婚、離婚、妊活、子ども嫌い......。本書『いるいないみらい』(角川文庫)は、窪さんがさまざまな家族の形を描いた短編集。2019年に刊行された単行本を加筆修正のうえ、文庫化したもの。

 「1DKとメロンパン」「無花果のレジデンス」「私は子どもが大嫌い」「ほおずきを鳴らす」「金木犀のベランダ」の構成。30代から50代までの男女、子どもが欲しい・欲しくない......。5人の主人公は、それぞれの「子どもがいる・いない未来」を思い描く。

■著者メッセージ 「いろんな家族があっていい。子どもがいる、いない、迷っている...。そんな人たちに読んでほしいです。」

◼️右に転べば、左に転べば

 たとえば、「1DKとメロンパン」の知佳(35歳)の場合。結婚して3年。夫の智宏と2人暮らし。同僚が次々と産休に入るわ、未婚者からは既婚者だからと仲間外れにされるわ......。それでも、智宏が買ってきたメロンパンをかじりながら思う。

 「三十五歳、アラフォーとくくられても結婚しているだけで十分幸せじゃないか」

 里帰り出産を控えた妹に会いに、実家へ行った日のこと。予感はあったが、母からも、不妊治療が大変だったという妹からも、産むなら早くとせっつかれた。

 知佳自身は「自分の子どもなんて、正直考えたことはないのだ」。「子どもを持たない人生」を選ぶこともできるわけで、「当然、子どもを持つだろうという前提」で言われても、という感じである。

 「ふいに、三十五という自分の年齢が、ひどくぐらぐらした足場に立っているもののような気がしてくる。ぴんと張ったロープの上。その上でバランスをとっているみたいに。右に転べば、子どもを持つ人生。左に転べば子どものいない人生。今ならどっちにも転べるけれど、女性が子どもを持つ人生を選ぶにははっきりと期限がある」

 夫婦で生まれたばかりの赤ちゃんに会いに行った日のこと。智宏が「赤ちゃん、欲しくない?」と言った。知佳は「......欲しくない」と返した。2人のしあわせに「それ以上のものが入ってくる余地はない」と思っていた。しかし、智宏は違ったようで......。

◼️すでに持っているものの幸せ

 続いて、「金木犀のベランダ」の繭子(43歳)の場合。夫の栄太郎とパン屋を始めて8年になる。今から5年前、メロンパンの人気に火がつき、パン屋は順風満帆だった。

 「作っているパンは、自分の子どものようなものだった。その店を軌道に乗せようと頑張ってきて、その努力は大きな実をつけようとしている。どこに足りない部分があるだろう、それが私の率直な気持ちだった」

 そんなある日、栄太郎が「そろそろ、さ......」「子どもがいてもよくないだろうか」と言った。子どもを持つことに100%同意したわけではなかったが、当時38歳の繭子は、自然妊娠はないだろうと確信していたし、実際に妊娠しなかった。

 「子どもを持たないという人生を生きていく」。43歳の今、繭子のなかではそう決着がついていた。一方、栄太郎は養子をもらうことを考え始めていて......。

 「子どもが欲しい・欲しくない」の思いのズレから、こじれていく夫婦関係。ある人は、繭子にこんなことを言う。

 「欲しいと思ったものが手に入らないこともあるの。手に入らなくても欲しい、欲しい、って手を伸ばすのが人間だもの。だけど、すでに持っているものの幸せに気づかないことも、時にはあるわね。それに......(中略)欲しい、欲しい、と思っていて、あきらめていたものがふいに手に入るということもあるの」

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 登場人物にどっぷり感情移入して読んだ。この年齢になったら結婚、結婚したら子ども、1人目が生まれたら2人目......。そうやって全員が同じ道をたどるわけではない。どんな未来でも、今の自分が懸命に生きているその結果ならいいかな、と思えた。

■窪美澄さんプロフィール 1965年東京都生まれ。フリーの編集ライターを経て、2009年「ミクマリ」で第8回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。11年、受賞作を収録したデビュー作『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞を受賞、本屋大賞第2位に選ばれた。12年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞、19年『トリニティ』で第36回織田作之助賞を受賞。その他の著書に『クラウドクラスターを愛する方法』『アニバーサリー』『雨のなまえ』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『さよなら、ニルヴァーナ』『アカガミ』『すみなれたからだで』『やめるときも、すこやかなるときも』『ははのれんあい』『朔が満ちる』『朱より赤く 高岡智照尼の生涯』などがある。

※画像提供:株式会社KADOKAWA

(BOOKウォッチ編集部 Yukako)

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