婚外恋愛の数々も...石原慎太郎氏、破格「自伝」の凄さ。

 今年(2022年)2月、89歳で亡くなった石原慎太郎氏が「自分と妻」の死後の出版のために書いた自伝が、本書『「私」という男の生涯』(幻冬舎)である。数々の女性遍歴についても赤裸々に綴り、覚悟のほどが伝わってくる内容だと評判になっている。

book_20220714202715.jpg

 1956年、『太陽の季節』で芥川賞を受賞し、文壇デビュー。「太陽族」という社会現象まで生み出した流行作家であり、その映画化に伴いデビューした国民的俳優・石原裕次郎の兄であり、国会議員、東京都知事を長く務めた政治家という3つの顔を持った人だ。いずれの領域でもメジャーで華やかな存在だった人のあけすけな「自伝」だから、面白くないはずがない。ベストセラーになっているのもうなずける。

◼️20年かけて周到に準備

 家庭環境から幼少時代、学生時代、作家になってから、政治家としての活動、そして晩年とバランスよく記述している。書き出しに「六十五歳を前にしてこれを書き始め」とあるから、20年以上かけて周到に準備されたものであることがわかる。奥付に「この自伝は著者の死後発売される目的で書かれた作品です。生前に、著者は校正ゲラのチェックを四度済ませております」とある。

 その執念はどこから生まれたものだろうか? 「この文章を誰のためにでもなく、突然、ただ私自身のためにと思って書き出してから......」とある。それも本意だろうが、作家として死後に正当な評価を受けたい、文学者・石原慎太郎研究の第1次資料を残したいという思いもあったのでは、と推測する。

 なぜなら、デビュー作『太陽の季節』について言及されることは多いのだが、以降の作品はあまり評価されたとは言い難いからだ。同作についても文芸評論家・斎藤美奈子氏は『日本の同時代小説』(岩波新書)で、「小生意気な遊び人の高校生を描いた不良小説」と切り捨てている。

 一方では、文芸評論家・小川榮太郎氏のように、「現存するなかで最も豊かな『物語る力』を持った作家である。(中略)生きる意味に直接体当たりする生き方がそのまま死を辞さぬありようが文体に直接漲っている」(『作家の値うち 令和の超(スーパー)ブックガイド』飛鳥新社刊)と高い評価もある。また、評論家の福田和也氏は、『作家の値うち』(飛鳥新社)において、石原氏の『わが人生の時の時』(新潮社)に最高点を与えている。だが、こうした評価は文芸界では少数派のようだ。

◼️自分の天性の一つが「好色」

 著者が本書を書いた真意はさておき、読みどころをいくつかピックアップしよう。もっとも驚いたのは、自分の天性の一つが、「好色」であると率直に書いていることだ。冒頭、ある右翼団体の総帥の秘書だった若い女性の肉体に耽溺し、深くのめり込んでいったことを書いている。「一時は家庭を捨てて、どこか外国でその女と暮らしてもいいと思いつくほどの様だった」。

 彼女の結婚で破局を迎えたが、「テニスコートで」という短編に、臆面もなく生まれて初めての失恋を記した、と書いている。本書には最後に一緒に行った航海の思い出が甘美に描かれている。

 婚外恋愛は一つや二つではない。新劇女優の卵だったが、その後劇団四季に移籍して大成した女優が最初に愛した人だった。日生劇場での公演の初日、「タキシードに着替え舞台の下手の袖で彼女を待ち受けて抱きしめ、暗がりの中でキスしたものだ」。その後、アルツハイマー病になり、53歳で亡くなった顛末を書いているが、切ない。

 だが、その報いがあったという。銀座のクラブの女性を招き、沖縄へダイビングに行った。紹介者に「金輪際、あの女とは手を切ってください。危ない予感がします」と忠告されたが、無視した。あげく、女性は妊娠し、男児を出産。この件は妻に打ち明けざるを得なかった。月々かなりの金を払い続けたが、「その屈辱的な責任を妻はよく果たしてくれたと思う」。

 その妊娠中に別の愛人が妊娠したことや都知事時代に45歳も若いファンに言い寄られ、関係を持ってしまったこともオープンに。「自分や妻」の死後の公開という条件を付けても、ここまで正直に自分の性遍歴を発表する人はいるだろうか。一般の人なら到底出来ないだろう。作家というある種デーモニッシュな星の下に生まれた人だからこそ書くことが出来たのではないだろうか。もちろん作家でもここまで書く人はなかなかいないと思う。破格の人だ。

 弟の石原裕次郎については、「世俗にいう持ちつ持たれつという言葉がそのまま当てはまるような気がする」とも。本当は、京都大学文学部に進み、仏文学を学びたかったが、父親が早く亡くなり、経済的な理由で一橋大学に入ったのは、「弟の止めることの出来ぬ放蕩のせいだった」と明かしている。

 政治家時代に「出会った者たちはなんと存在感の薄い手合いばかりだったことだろうか」と書きながらも、親友だったフィリピンの上院議員ベニグノ・アキノ氏の暗殺の経緯や青嵐会の同志だった中川一郎氏の不慮の死についても詳しく触れている。

 評者は石原氏が2019年に発表した『湘南夫人』(講談社)を「現代のメルヘン」と称した。通俗的な内容を見事な読み物に仕上げた力量に感服した。本書を契機に石原文学が再評価されるのを期待したい。

(BOOKウォッチ編集部)

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?