言葉には、子どもたちを救う力がある――『両手にトカレフ』ブレイディみかこさんインタビュー

 虐待や育児放棄、親のアルコール依存など、子どもたちが置かれている現状を大人の目線で書いたノンフィクションは数多くあるが、当事者である少女が何に苦しみ、闘っているかを、子ども自身の言葉で語りかける物語が生まれた――。英国在住の著者ブレイディみかこさんはこれまで、『子どもたちの階級闘争』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』などの話題作を執筆してきたが、新作『両手にトカレフ』(ポプラ社)では初の長編小説に挑んだ。ブレイディさんがこの物語に込めた思いとは。

(聞き手・文 歌代幸子 ノンフィクションライター)

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ブレイディみかこさん

??フィクションだから描けた、本当の気持ち

――これまでの作品は、保育士として、母親としての視点から描かれたノンフィクションでしたが、今回あえて小説というフィクションの形で書かれたのはどうしてですか?

ブレイディ:『両手にトカレフ』では、これまで出会ってきた子どもたちの心情を伝えたいという思いがすごくありました。けれど、子どもの視点で描くということはノンフィクションの形ではとてもできなかったからです。 例えば、『ぼくイエ』には、いつもお古のトレーナーを着ている子が出てきます。制服のリサイクルを手伝う私と息子から中古の制服を手渡す場面があって、その少年が帰る姿を窓から見ていたら、途中で両目を擦るような仕草をします。それは「君は僕の友だちだから」という息子の言葉に感動したからと捉える人もいたけれど、私の中では違っていました。彼はやはり惨めで悲しかったから泣いていたと思うのです。 私自身も恵まれた家庭で育たなかったので、彼の気持ちがわかりました。そうした細やかな心情を描くには、自分が「ミア」という少女になりきって小説の形で書いてみようと。実際に書き始めると、自分自身が10代の頃に経験したことがよみがえってくる。だから昔から私を知っている人には、自伝的な要素が入っているねとよく言われます。

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『両手にトカレフ』(ポプラ社)

【あらすじ】主人公のミアは14歳の中学生。シングルマザーの母親はドラッグと酒に溺れて、仕事も子育てもしない。寒い冬の朝、ミアは図書館でカネコフミコという日本人女性の刑務所回顧録に出合った。読み進めるうち、ミアは同級生の誰よりもフミコを近くに感じる。一方、学校では自分の重い現実を誰にも話せなかった。けれど、同級生のウィルにラップのリリックを書いてほしいと頼まれたことで、彼女の「世界」は少しずつ変わり始める――。

――ミアがひとりで小学生の弟の世話をしながら、貧しい境遇を懸命に生きようとする姿に胸が詰まります。

ブレイディ:学校生活になじめないミアは授業中に試験を投げ出し、答案用紙の裏にいろいろ詩を書いたりしていますが、あれは実話でもあるんです。私自身はパンクのバンドの歌詞を書いていたんですけどね(笑)。私も高校時代は進学校の中でなじめず、けっこう辛かったのです。肉体労働者の娘で家が経済的に苦しかったので、お昼は学食へ行ってもパン一個のときもあった。友だちに「なんでもっと食べないの?」と聞かれても、「ダイエットしてるから」と嘘をついたりしていました。 自分の家庭のことは誰にも言えず、心を閉ざしていた10代半ばの頃。そんな私に手をさしのべてくれたのが現代国語の先生でした。出たくない授業のときは図書館へ行って、本を読んでいていいと言ってくださって。あの先生のお陰で、私は卒業できたんです。

??言葉の大切さを伝えたい

――作中、ミアの物語と、彼女が図書館で出合った「カネコフミコ」の物語が交互に描かれていますが、着想はどこから?

ブレイディ:金子文子は、大正時代のアナキストで、複雑で恵まれない家庭環境で少女時代を過ごした女性です。私自身も家の本棚にあった瀬戸内寂聴さんの『余白の春』でその存在を知り、高1の頃に古本屋で見つけた自伝を読みました。どん底の境遇にあってもあれだけの思想を得て、個人の尊厳のために闘った彼女の生き方に惹かれ、『女たちのテロル』という評伝も書いています。 今回、現代の子どもたちの状況を書こうと思ったとき、金子文子の幼少時代と重なるものがありました。100年前の、遠い国の話なのに、子どもたちが経験していることはまったく同じなのではないかと。そこでミアの物語と「カネコフミコ」の自伝を並走させようと思いついたのです。

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――ミアは「本」は「違う世界」と繋がっていると感じますね。ミアの視点を通して、この作品で書きたかったことは何でしょう?

ブレイディ:言葉の大切さを伝えたいという思いがありました。ミアの心の中には、母親に対する怒りや社会に対する憤りなど、積もり積もった感情があって、ラップのリリック(歌詞)を書くことでそれを言葉にしていきます。同級生のウィルがそれを認めてくれることで、ミアの世界は少しずつ変わり始めるのですね。 本当のことは誰にも言えず、人に頼ることもできない。だから、心の中に隠していたトカレフ銃で武装していたミアにとって、自分の感情を言葉に変えていくことが大事だった。言葉には、子どもたちを救う力があるんじゃないかということを書きたかったのです。

――思春期の子どもたちはなおのこと誰にも言えない思いを抱えこんでしまう。辛い状況に追い込まれていても、周りの大人たちにも見えにくくなりますね。

ブレイディ:私がかつて無料託児所で出会った子どもたちも中学生になっています。今でも交流がある子もいるし、狭い町だからどうしているかという話も耳にします。犯罪に巻き込まれた子もいれば、家出してしまった子もいて、大変な状況はさまざまですね。 なかでも「ヤングケアラー」の子どもたちは家庭のことを他の人に言わないので、学校や地域の中でもあまり知られていない。すごく真面目で責任感が強い子が多く、きょうだいや親の世話などを自分一人で抱えこんでしまうのです。 私自身も両親が遅くまで働いていたので、小4の頃から自転車に乗って妹を保育園へ迎えに行き、帰りにスーパーに寄って夕食の支度をしていました。あの頃はヤングケアラーなんて言葉も知らないし、自分はこういう環境に生まれ落ちたのだから仕方がないと思っていた。でも、友だちと遊べなかったり、クラブ活動ができなかったり、他の子たちにできることが叶わない。そんなことを誰にも話せないと誰にも期待しなくなるし、やがては社会を信頼できなくなっていくのです。 もともと「ヤングケアラー」とは1990年代にイギリスで言われ始めた言葉ですが、小説や映画の主人公になることはほとんどない。だから、私はそんな子どもたちの気持ちを今回の作品で描きたかったのです。

??外側から手をさしのべやすい社会に

――ここ数年、日本でもようやくヤングケアラーなどの問題が注目されるようになりましたが、社会の取り組みはまだまだ進んでいないように感じます。イギリスでの取り組みと比べて、子どもたちを支えるために必要なことは何だと思われますか?

ブレイディ:日本の子どもたちの状況を、もっと社会全体のレベルで考えた方がいいですね。子育てしているのは親だけじゃなく、社会全体で育てていくという意識がもうちょっとあってもいいのではと。日本ではとかく家族の問題は家庭の中で解決しなさいという風潮があるけれど、そのために歪みが生じて苦しんでいる人たちもいる。むしろ、外側から手をさしのべやすい社会のシステムを考えていくことが大事でしょう。 イギリスではソーシャルワーカーの存在が大きく、虐待など通報を受けたときは動きがすごく早いのです。大した調査もしないで子どもを親からすぐ引き離してしまうケースなど、ちょっと行き過ぎる面もあるけれど、子どもの安全を最優先して動く姿勢は感じます。 ミアの家庭にも、外側から手をさしのべる人たちの助けが入ります。一人は同級生の母親のゾーイで、もう一人はソーシャルワーカーのレイチェル。それぞれ「共助」と「公助」の立場から、子どもたちを支えていくのですね。家庭という密室に親子を閉じこめておくことなく、そうした「共助」と「公助」が関わっていくことが大切だと思うのです。

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――最後に、ブレイディさんが保育士として、母親として、さまざまな子どもたちと関わるなか、子育てで大切にされてきたことをお伺いできますか。

ブレイディ:子どもにはたくさんの大人と関わって欲しいと思います。私が託児所で働いていたときは、私の師匠にあたる方が息子を別室で見ていてくれました。息子にとってはいろんな大人と付きあうことで、私とはまったく違う考え方を持つ人たちがいるのだとわかる。それがたぶん、親として子どもにさせてあげられるいちばんの経験でしょう。 同じように、本を読むこともさまざまな考え方や違う世界にふれる機会になります。ミアも「カネコフミコ」の本を読むことで、100年前に生きた女性と会話することができました。そうした経験によって、子ども自身も、いま自分の周囲にある世界だけがすべてではないんだと気づき、自分を楽に解放していけると思うのです。 『両手にトカレフ』にも若い人からの感想がいろいろ寄せられました。ラップを聴いているような男の子たちは、「ミアはいつも薄暗いキッチンやカフェで本を読んでいる。でも、それって俺らがスマホをやっているのと一緒じゃないか」と。だから、もうちょっと本を読んでみようかなと思ったそうで、私もこの本を書いて良かったと(笑)。 本を読むことで、いろんな世界の大人や、ずっと昔に生きた人々に出会ったり、全然聞いたこともなかったことを知ったり。それが生きづらさを抱える子どもたちの希望につながれば嬉しいですね。

■ブレイディみかこさんプロフィール1965年、福岡県生まれ。1996年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞を受賞。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース、本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。ほか著書に『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』など多数ある。

取材協力:ポプラ社

撮影:(BOOKウォッチ編集部)

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