やれることが限られているからこその豊かさを。本好きの心躍る「fuzkue」【しあわせの読書空間 vol.1】

 本好きがゆっくり過ごせるスポットを紹介する新企画「しあわせの読書空間」。第1回は、まさに日がな一日読書に没頭できる、居心地のよいお店を取材した。

 新宿の隣駅、京王新線・初台駅南口から徒歩20秒。「本の読める店fuzkue」(以下、フヅクエ)は、昔ながらの床屋が入ったビルの2階に、ひっそりと居を構えている。くるくる回る赤、白、青のサインポールが目印だ。

床屋のサインポールを目印に、本の読める店fuzkueへ

床屋のサインポールを目印に、本の読める店fuzkueへ

階段で2階に上がると手作り感のある扉が現れる

階段で2階に上がると手作り感のある扉が現れる

 店内に足を踏み入れると、木の温かみがあるカウンター席に洒落た布張りのソファ、そしてぎっしり本の詰まった本棚が出迎えてくれる。

木の温もりに包まれる読書空間。何時間でも過ごせそう

木の温もりに包まれる読書空間。何時間でも過ごせそう

カウンター席も間隔がほどよく空いている

カウンター席も間隔がほどよく空いている

 「幸せな読書の時間の総量を増やす」をモットーに運営しているフヅクエ。記者が窓際のカウンター席に腰を下ろすと、店主の阿久津隆さんが「案内書き」を手渡してくれた。落ち着いたモスグリーンの表紙。5ミリほどの厚さがあるそれには、全てのお客さんが快適に読書時間を過ごすための仕組みやマナーについて、「なぜそうするのか」という理由とともに、とても丁寧に書かれている。ユーモアのセンスあふれる文章からは、本を読みたい人の気持ちをとことん大切にする、阿久津さんの思いと人柄が伝わってくる。

案内書きとメニュー。これ自体が1冊の本のように楽しく読める

案内書きとメニュー。これ自体が1冊の本のように楽しく読める

「おそらくお客さんの半分くらいは、初めてここに来られる方なんです。そういう方とリピーターの方とで、情報格差がない店でありたい。だから案内書きで、店を利用されるときの勝手がわかるように、細かなニュアンスまで伝わるようにしています」

 案内書きの内容はフヅクエの公式サイトでも読めるので、来店前に確認することもできる。

「1人で初めての店に入るときってどうしても緊張感があるものですから。安心してくつろいでいただくためにも、情報提供は丁寧にしたいと思っています」

店主の阿久津隆さん。本を読む人であり、書く人でもある

店主の阿久津隆さん。本を読む人であり、書く人でもある

 特にユニークなのが、料金システムだ。フヅクエは、「オーダーごとに小さくなっていくお席料制」。たとえば、飲食せずに読書だけをじっくり楽しみたいときは、1500円の席料のみで長時間過ごすことができる(※)。

 ドリンクかフードを1品注文すると、席料は900円。ドリンクとフードを1品ずつ計2品注文すると、席料は300円。3品以上の注文で、席料は無料......という具合に、多くオーダーするほど席料は安く済む仕組みだ。

 「1時間フヅクエ」という、より気軽にフヅクエでの読書時間を体験できるコースもある。こちらは約1000円の予算で、読書に没頭する時間を過ごせる。スマホの使用も「最小限に」という決まりだ。

(※)滞在時間が4時間を超える場合は、1時間あたり600円の席料が新たに発生。

◼️「やれることが限られている」という豊かさ

 なんだか複雑にも感じる料金システム。なぜこのような仕組みを採用しているのだろうか。

「長時間いても、オーダーをしてもしなくても、お客さんが居心地悪くならないように、このような形にしています。たとえば、この店ではコーヒー1杯で3、4時間ゆっくりする、という過ごし方をされる方も少なくありません。席料を設けることで、『追加で注文しなくちゃ悪いかな』と気を遣うことなく、好きなだけ読書を楽しんでいただきたいのです」

 フヅクエが最も価値を置くのは、お客さんに気持ちよく本を読んでもらうこと。向き合って座る席はなく、友人と連れ立って訪れたとしても会話は交わせない。読書をするときは、あくまで一人だ。それでも、居合わせた人と同じ時間と空間を共有することで、静かな連帯感が生まれる。

 誰に気兼ねすることなく、心ゆくまで読書を楽しめる

誰に気兼ねすることなく、心ゆくまで読書を楽しめる

 フヅクエは、阿久津さん自身が通いたいような、「読書を楽しむための理想の店」を具現化した空間だ。お客さんのほとんどは1人でここを訪れ、自ら持参した本をじっくり読む。豊かな時間を過ごす。そのために必要な環境が整っている。

お店の本も自由に読める。ただし「ついているページの折り目を直さない」こと

お店の本も自由に読める。ただし「ついているページの折り目を直さない」こと

 考えてみれば不思議な話である。本来、本を読むのなんて、家でタダでできることだ。お金がかからず充実した時間を過ごせる趣味の代表と言ってもいい。

 それなのに、なぜ人はフヅクエを訪れるのか。第1号店である初台店に加え、現在は下北沢と西荻窪にも店舗を構えている。それだけ、フヅクエのような読書空間へのニーズが高いという証だ。

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バーカウンターの下にも阿久津さんやスタッフの愛読書がずらり

 阿久津さんは、ゆっくり口を開いた。

「やれることが限られているからこその豊かさというものが、これからすごく大事になっていくんじゃないかと思うんです。サウナなんかも近いところがありますよね」

 サウナルームにスマホを持ち込む人は、まずいないだろう。半ば強制的に、あの便利すぎる端末から離れられる。そんな空間を求める人は、きっと少なくない。

「読書なんてまさにそうですけど、本当にどこでもできることですよね。だからこそ、たとえば家で1時間読書しようと思って読み始めても、いくらでもほかのことをやり始められてしまう。結局、1時間も読んでないよな......なんてことがよくあります。だから、その空間でやれることをあえて減らしていく、ということをやっています」

 フヅクエでは、お客さんが希望すればスマホをお店に預けることもできる。実際、利用時間中にそうする人もいるそうだ。

◼️本屋で買ってすぐ読む!という幸せ

 さて、記者もここに来る前に購入した本を開くことに。

 フリーランスの校正者・牟田都子(むた・さとこ)さんの著書、『文にあたる』(亜紀書房)。校正の仕事を通して10年以上にわたり文章に向き合い続ける著者が、書物へのあふれる思いや言葉との向き合い方、仕事にかける情熱を綴っている。阿久津さんがフヅクエのサイト上で書いている「読書の日記」で紹介していた1冊だ。

最寄りのくまざわ書店で『文にあたる』を購入

最寄りのくまざわ書店で『文にあたる』を購入

 現在、フヅクエは「くまざわ書店 東京オペラシティ店」と連携し、「本の読める日キャンペーン くまざわ書店で本を見つけ、本の読める店フヅクエでたっぷり読もう」を開催している。

 くまざわ書店で1500円以上の買い物をし、そのレシートをフヅクエでの会計時に提示すれば、15パーセントオフになる。レシートは2022年9月1日~11月30日の期間中有効で、初台店の他、下北沢店、西荻窪店も含めたフヅクエ全店で利用可能だ。

 本屋さんで本を買い、その足でそのままフヅクエを訪れ、じっくり本を読む。そんな楽しい時間を過ごしてほしいという思いから、阿久津さんがくまざわ書店に声をかけ、企画が実現した。8月に下北沢の書店「本屋B&B」と開催した企画の第2弾にあたる。

「本を選ぶときのワクワクした気持ちのまま、それを買ってすぐにどこかで読み始めるのって、本好きの人にとってすごく楽しい時間じゃないですか。レジャーのような歓びがあるというか。そんな時間をフヅクエでもっともっと生み出せたらと思って、企画しました」

 実際に、キャンペーンが開始してから、くまざわ書店で購入したと思われる本を持参するお客さんも増えている印象だという。

 記者もせっかくなら......と、来る前からメニューを見て気になっていたベイクドチーズケーキ(500円)とコーヒー(700円)を注文した。

店内で焼いている手作りのチーズケーキ。コーヒーは店内で豆の販売も

店内で焼いている手作りのチーズケーキ。コーヒーは店内で豆の販売も

 ちなみに、フヅクエでは席に着いてすぐオーダーを聞かれることはない。しばらく本を読んでからでもいいし、好きなタイミングで注文できる。最後まで何も頼まなくても問題ない。お客さんがそれぞれのペースで過ごせるよう、細やかに配慮されている。

 運ばれてきたチーズケーキは、店内のオーブンで焼いている手作りの一品。酸味が抑えられたクリーミーな味わいで、ブラックコーヒーにとてもよく合う。コーヒーは、阿久津さん自らお店に足を運んで選んだというマグカップに入っている。非常にフルーティーで、驚くほど香りが深い。店内で販売もしている、「OBSCURA COFFEE ROASTERS」の豆を使っているそうだ。

 書店で買ったばかりの本。ずんぐりしたマグになみなみと注がれたコーヒー。本好きの心を躍らせるこれ以上ない組み合わせだ。お客さんがスマホを預けたくなる気持ちもよくわかる。文庫本より小さいくせに情報量が多すぎて、集中を邪魔するあの端末は、この空間にはなくていい。

壁に飾られた本や小物にもセンスが光る

壁に飾られた本や小物にもセンスが光る

 フヅクエは、訪れた人誰もが本に没頭できることが保証される場所だ。多くのお客さんが長居するのも頷ける。ずっとここにいたいと思わせられる、不思議な魅力に満ちている。名残惜しく思いながら、お店を後にした。

 『文にあたる』には、こんな一節がある。

「本を読むことは本来自由な行為です。どこから読み始めてもいいし、いつ読み止めてもいい。読み飛ばしてもいいし、同じところを何度読み返してもいい」

 さあ本を読むぞ、と意気込まずとも、ふらりと本屋に立ち寄って目についた本を買ってみる。その足でフヅクエに入ってみる。気になったページから読んでみる。そんなふうに肩の力を抜いて、「幸せな読書の時間」を味わってほしい。

■本の読める店 fuzkue(初台店)https://fuzkue.com/東京都渋谷区初台1-38-10 二名ビル2F営業時間(基本無休):12:00-23:30※2022年9月時点での情報です。詳しくはお店のウェブサイトを参照ください。

取材・文 犬飼あゆむ/撮影 元木みゆき

(BOOKウォッチ編集部)

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