ひと晩で「自分リニューアル」。話題のブックホテルに泊まってみたら【しあわせの読書空間 vol.4 後編】

 「本の街」東京都神田神保町にある"読書するためのホテル"、その名も「BOOK HOTEL神保町」。本好きにはたまらないこのスポットを、BOOKウォッチの連載「しあわせの読書空間」第4回で訪れた。レポート後編となる今回は、実際にじっくりと読書に浸ってみた記者のひと晩の模様をお届けする。

前編はこちらから。→悩みがあるなら泊まってみて。あなたのための本が見つかるホテル【しあわせの読書空間 vol.4 前編】フロントでチェックイン。ここは、夜はバー「ing.(イング)」になる

フロントでチェックイン。ここは、夜はバー「ing.(イング)」になる

 「『わたしの本』を見つけるホテル」というコンセプトのこのホテル。SNSやブログなどの口コミを通じて、人気を集めている。ここでしか味わえない読書体験にハマり、リピートするお客さんが多いそうだ。

 小説、エッセイ、ビジネス書など幅広いジャンルの本が揃っており、宿泊者は全て自由に読むことができる(貸出のみ。販売はおこなっていない)。

 2階から11階の本棚には、それぞれテーマがある。フロアは自由に行き来でき、本を3冊まで部屋に持ち込むことができる。

2階 恋に、恋して。3階 今日は泣きたい気分。4階 ええ、エッセイ。5階 考えて、考えて、考える。6階 ライフスタイルを整える。7階 あなたも気分は芸能人。8階 本で旅行気分。9階 徹夜でミステリー!10階 優しい気持ちになりたくて。11階 ビジネス書どどぉーん!

一人で泣きたい気分のときには、3階の本を

一人で泣きたい気分のときには、3階の本を

美容や健康が気になるなら、6階の「ライフスタイルを整える。」

美容や健康が気になるなら、6階の「ライフスタイルを整える。」

 記者が泊まったのは、「あなたも気分は芸能人。」と題した7階。美輪明宏さん、星野源さん、大泉洋さんら、芸能人の書いた本が集められている。

7階の本棚。美輪明宏さんの『天声美語』(講談社)が存在感を放つ

7階の本棚。美輪明宏さんの『天声美語』(講談社)が存在感を放つ

 支配人のmoonさんいわく、「ライバルはスマートフォン」。一人の時間があるとスマホをいじりがちな人が多いだろう。かく言う記者もまさにその一人。"読書するためのホテル"とはいえ、ついスマホを見てしまうのでは? と思っていたのも事実だ。

 部屋にはテレビも置かれているが、ほとんどの人が見ないのだそう。

「スマホを置いて、テレビもつけず、本のことだけ考える......そんなひと晩を過ごしていただきたいです。1泊で『自分リニューアル』とでも言いましょうか。何か、自分を変えるきっかけになればいいなと思っています」

◼️枕元まで本づくしの空間

 部屋は「スタンダードダブル」「スーペリアツイン」「リラックスツイン」の3タイプ。加えて、最上階の12階にはマンガ専門ルーム「MANGA ART ROOM, JIMBOCHO」がある。今回はスタンダードダブルの部屋にしたが、1人で広々としたツインを取って贅沢する......というのもありかもしれない。 部屋に入ると、台や枕元にも本が置いてある。文学、ノンフィクション、広告コピーをまとめた本、器の写真集など、1部屋だけでもジャンルが幅広い。

スタンダードダブルはソファーつき。スーペリアツインにはデスク、リラックスツインにはマッサージチェアがある

スタンダードダブルはソファーつき。スーペリアツインにはデスク、リラックスツインにはマッサージチェアがある

ベッドの枕元にも本が並んでいる

ベッドの枕元にも本が並んでいる

 枕元に、以前書店でパラパラと立ち読みをした、エラ・フランシス・サンダースさんの『翻訳できない世界のことば』(創元社)を発見。やった、全部読める! とさっそくページをめくると、今の気持ちにぴったりな言葉があった。

【resfeber(レースフェーベル)】スウェーデン語旅に出る直前、不安と期待が入り混じって、絶え間なく胸がドキドキすること。

 好きなだけ本に浸れる期待と、もしハマれる本がなかったら? という一抹の不安。まさに「レースフェーベル」の中、1泊が始まった。

◼️ドキドキ。選書サービスの結果は?

 ホテルのサービスで渡してもらった本を見てみよう。まず、コーヒー×チョコレート×本の組み合わせを楽しめる「ブックペアリング」。500円の有料サービスで、この本だけは持って帰ることができる。現在はGREEN、WHITE、PINK、BLACKの中から選択する方式だ。記者が選んだのはBLACK。本は紙袋に入っていて、渡されるときには見えない。開けてみると......。

ブックペアリングの内容は?

ブックペアリングの内容は?

 出てきたのは、生馬直樹さんの『夏をなくした少年たち』(新潮社)。新潮ミステリー大賞受賞作だそうだ。ミステリーはめったに読まないので、まさに思いがけない出合い。今回は持ち帰れない本を優先しようと思い手をつけなかったが、部屋には電気ケトルとマグカップも用意されているので、コーヒーを飲みながら本を楽しむこともできる。

 宿泊者全員が無料で受けられる「ブックマッチングサービス」は、事前にアンケートを送るとスタッフが本を選んでくれるというもの。記者には、こちらの2冊が渡された。

・花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)・珠川こおり『檸檬先生』(講談社)

 どちらも、自分では手に取らなさそうな本だ。アンケートに「人との接し方に悩んでいます」と書いたので、『出会い系サイトで~』はお悩み解決になるのでは? と選んでくれたようだ。

"話題になった本"をテーマに選書したそう

 加えて、支配人のmoonさんイチオシの『それ、勝手な決めつけかもよ?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も貸してもらった。小説へ行く前に目を通してみる。

 著者はコピーライターの阿部広太郎さん。コロナ禍を経て書かれた1冊だ。主催イベントが中止になり意気消沈する中、ニュートンの言葉を思い出す。それは、ペストで大学が休校になった期間を「創造的休暇」と"解釈"するというもの。阿部さんもコロナ禍を前向きに"解釈"し直し、またイベントを動かし始めた......というエピソードが、冒頭で紹介されている。

 moonさんは、ホテルをオープンする際にこの本に救われたという。「ブックホテルはオシャレでなければ」と思っていたが、時間と予算の制約で、はじめは本を十分に揃えられなかった。そんなとき、この本で「こうでなければ」という固定観念が取り払われたという。BOOK HOTEL神保町の基礎をつくった1冊、とも言えるかもしれない。

◼️誕生日の366冊。「夫婦の日」の本は...

 今回、個人的に最も楽しみにしていたのが「366BOOKS...」。366日それぞれにあてがわれた本の中から誕生日の本を貸してもらえるサービスで、こちらも無料だ。楽しみだった理由は、チェックインの2月2日が偶然、記者の誕生日当日だったこと。スタッフの方に「おめでとうございます!」と渡していただき、少し照れくさかった。

 2月2日の本は、加納朋子さんの小説『カーテンコール!』(新潮社)だった。「夫婦の日」というコメントが添えられているが、裏表紙のあらすじを読む限り、夫婦の話ではなさそうだ。

「愛する人を想うように、自分のことも想って大切にしてみませんか?」というメッセージが

「愛する人を想うように、自分のことも想って大切にしてみませんか?」というメッセージが

 舞台は、経営難で廃校が決まった女子大学。最後の卒業生になるはずが、「ワケあり」で卒業し損ねた学生たちが主人公だ。理事長のお情けで半年の猶予をもらい、外出・面会・インターネット禁止の寮生活をすることになる。

 1話目の「砂糖壺は空っぽ」は、子どもの頃から友達の輪になじめなかった人物のこんな回想から始まる。空色のランドセルを自分で気に入って買ってもらったが、入学してみるとびっくりするほど浮いていて、クラスメイトにからかわれてしまう。実は、記者にも似た思い出があった。朱色っぽい赤色のランドセルを使っていたのだが、他の同級生たちはピンク味を帯びた深い赤色ばかりで、記者と同じ色を持っている人は一人もいなかったのだ。からかわれることこそなかったが、「みんなと違う」ことに居心地の悪さを感じていた。

 物語ではその後、記者には想像もつかなかった事情が明かされていく。他にも、どうしても朝起きられない人、食べられない人、逆に食べ過ぎてしまう人など、さまざまな「ワケあり」の人々が連作短編の形で描かれる。寮は2人1部屋。ルームメイト同士は、はじめは理解できない相手に戸惑うが、やがて互いの事情を知って助け合うようになる。

 読みながら何度も涙ぐみ、心がふっと軽くなるのを感じた。人にはそれぞれ事情があって、この登場人物たちのように、最初はぶつかってもわかり合っていけるかもしれない。そんな希望が芽生えた。

◼️日付が変わるまで読書にどっぷり

 外で夕飯をとってから、再びホテルへ戻る。7階の本棚から、かねてから読みたいと思って読めていなかった、加藤シゲアキさんの『オルタネート』(新潮社)を借りた。

『オルタネート』にはチェックインのときから目をつけていた

『オルタネート』にはチェックインのときから目をつけていた

 いい機会だと思い、こちらも一気読み。架空の高校生限定マッチングアプリ「オルタネート」をとりまく、高校生たちの群像劇だ。『カーテンコール!』と同じく、人と人とが出会い、ぶつかりながらも向き合っていくさまが描かれている。またも悩みが解きほぐされていく心地だった。

 『オルタネート』を読み終える頃にはすでに日付が変わっていた。まだまだ読みたい本はたくさんあるが、さすがにこのあたりでやめておこうと、入浴の準備をする。1日を振り返ってはじめて、スマホを全く見ていないことに気づいた。

◼️泊まる前とは、少し違った自分へ

 翌朝、マッチングサービスで選んでもらった『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』を改めて開いてみた。書店員の著者の"実録私小説"という位置づけらしい。冒頭から、「下心しかない人」「いきなり手品を見せてくる人」など、こんな人に合う本があるの? と思うようなとんでもない人ばかりが出てくる。

 でも、面白がりながらも心は穏やかだった。前日に読んだ2冊のおかげで、びっくりするような人にも「いろんな生き方があるよね」と愛おしむ気持ちになれていたのだ。1冊を読み通す時間はなかったが、途中まででも自分の変化を実感するのには十分だった。

 『檸檬先生』はほとんど手つかずで申し訳ないが、著者の珠川こおりさんはなんと執筆当時18歳。その事実だけでも背筋が伸びるような気持ちになった。「私も頑張らなくては」という思いを胸に、フロントへ降りてチェックアウトをした。

 1つ年を重ねるとともに、心もひと回り大きくなれたのでは......。まさに「自分リニューアル」ができた気がする、特別な1泊になった。

・BOOK HOTEL神保町https://bookhoteljimbocho.com東京都千代田区神田神保町2-5-13

撮影:元木みゆき

(BOOKウォッチ編集部)

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