ロシアのウクライナ侵攻にも関連 映画「バビ・ヤール」語るべき負の歴史

ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中で、ウクライナの「負の歴史」(NHK)にスポットを当てた記録映画「バビ・ヤール」が話題になっている。第二次世界大戦中に、ウクライナで起きたナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺事件に、ウクライナ人も関与していたことを取り上げているからだ。

■カンヌで審査員特別賞

監督はウクライナ人のセルゲイ・ロズニツァ氏。1964年生まれ。「ドンバス」「国葬」「粛清」など、旧ソ連関連のドキュメンタリー作品で知られている。

今回の「バビ・ヤール」は2021年制作。同年の第74回カンヌ国際映画祭ルイユ・ドール審査員特別賞を受賞している。

「バビ・ヤール」はキーウ(キエフ)近郊にある渓谷の名前。1941年、独ソ戦が始まり、独軍は旧ソ連内のウクライナに侵攻。同年秋、ウクライナのユダヤ人らをこの谷に集めて大量虐殺した。犠牲者は3万人あまりに上るという。

映画は、当時の記録映像などをもとに再編集したもので、一部のウクライナ人がこの虐殺に加担したことを報告している。

■「ウクライナの敵だ」

NHKは2022年9月22日、「『負の歴史』と向き合う ウクライナ映画監督」としてこの映画と監督を大きく取り上げた。ロシアのウクライナ侵攻以降、ウクライナでは監督に対し「ウクライナの敵だ」「監督が親ロシア派だとは思わなかった」などの批判がSNSで巻き起こったという。

背景には、プーチン大統領が、ウクライナ侵攻の口実として「ナチス勢力からウクライナを解放する」と主張していることがある。

NHKは監督にインタビューし、この映画がプーチン大統領のプロパガンダに利用されてしまう恐れについてただしている。

これに対し、監督は、「ナチスに協力した人がウクライナにいたことを認めるのは極めて大事なことです」「何らかの問題に直面したとき、まずはそれを描写する必要があります。それができなければ、その後、間違った道を行くことになります。語ろうとしなければ問題はどんどん深刻化し消えることはないのです」と、制作の意図を語っている。

歴史や事実を直視し、正確に伝えることが、プロパガンダに乗せられないことにつながる、という考えのようだ。

■独軍はウクライナで歓迎された

ジャーナリストの池上彰さんも、この作品を「ぴあ」で取り上げている。

「映像は、ドイツ軍によって捕虜となったソ連軍兵士の姿を映し出しますが、それに続くシーンは衝撃的です。ドイツ軍の戦車を歓呼の声で出迎えるウクライナ市民の姿があるのです。ドイツ軍の戦車に花束を渡す女性たちも」と驚きを語る。

そして、侵攻してきた独軍がウクライナで歓迎されている背景を解説する。

「当時のウクライナは、ソ連に組み込まれたことにより、人々は圧政に苦しんでいました。そこにやってきたドイツ軍を『解放軍』と受け止めて歓迎した人たちがいたのです」「とりわけウクライナ民族主義者たちは、ナチス・ドイツに協力。ソ連軍と戦ったのです」

さらに、ロシアのプーチン大統領が、「ウクライナのネオナチ」とウクライナ政府を非難するのは、現在のウクライナ政府が、当時のソ連に対する抵抗運動を肯定的に評価しているからだと、ロシアとウクライナの複雑な関係を分析している。

当時のウクライナでは、ソ連軍の兵士として戦ったウクライナ人もおり、ウクライナ人同士が殺し合うという悲劇もあったという。

■歌詞の修正を強いられる

「バビ・ヤール」の大虐殺は、旧ソ連の世界的作曲家、ショスタコーヴィチが1962年に発表した「交響曲第13番 変ロ短調 作品113」のテーマにもなっている。

作品はエフゲニー・エフトゥシェンコの詩をもとにしている。バス独唱とバス合唱付きの5つの楽章からなる。第1楽章の標題である「バビ・ヤール」がこの交響曲の通称となっている。

エフトゥシェンコの詩は、この虐殺事件に触れつつ、ソ連社会をも批判するかのような内容にもなっていた。そのため、初演は厳戒態勢で行われた。その後の公演では一時、歌詞の修正を強いられて演奏したこともあったという。

旧ソ連ではスターリン時代に、猛烈な「粛清」で多くの人々が犠牲になった。また、1940年には、ポーランド戦で捕虜にした多数の同国将校らを殺害、カチンの森に埋めたことが後に明らかになっている。

交響曲が発表されたのは、フルシチョフによる雪解けムードが広がっていた時期だったが、旧ソ連政府にとって「バビ・ヤール」は、自国の歴史にも跳ね返りかねない厄介な出来事だった。

■「屋根の上のヴァイオリン弾き」

『戦後ドイツに響くユダヤの歌――イディッシュ民謡復興』(青弓社)によると、中欧から東欧には多くのユダヤ人が散在した。「アシュケナジム」と称される。高名なピアニストのアシュケナージなどもユダヤ系だ。

大ヒットしたミュージカル、「屋根の上のヴァイオリン弾き」は、ウクライナの小さな「シュテートル」(ユダヤ人の町)に暮らす敬虔なユダヤ教徒の物語だ。のちにユダヤ人排斥の動きが強まり村を追われる。ジョーン・バエズの大ヒット曲「ドナドナ」は、1940年、ニューヨークのミュージカルで歌われたのが最初だとされる。作詞家も作曲家も、ユダヤ系の移民。原歌詞では、「屠場」に送られる小牛の姿にユダヤ人の姿が二重写しになるという。

ユダヤ人に対する集団的迫害や大量殺戮は、「ポグロム」と呼ばれている。ナチス・ドイツによる「ホロコースト」以前から、欧州各地や帝政ロシアで頻発した。1941年には、ポーランドやルーマニアで大規模な事件も起きている。

■追悼施設にも攻撃

ロシアのウクライナ侵攻では、改めて「バビ・ヤール」にスポットが当たった。韓国・中央日報の日本語版は3月2日、海外メディアのニュースをもとに、ウクライナのキーウ放送受信塔がロシアの砲撃を受けた際、塔から徒歩5分の距離にある「バビ・ヤール」の追悼施設も被害を受けたと報じた。バビ・ヤール記念館も声明書を出し、追悼空間がロシア軍に攻撃されたという事実を確認したという。

映画「バビ・ヤール」が伝えるユダヤ人虐殺事件は、単にウクライナ人も加担していたということにとどまらない。

NHKの取材にロズニツァ監督は、ロシアが旧ソ連時代に犯した罪を総括しなかったため、今このような事態(ロシアのウクライナ侵攻)になっていると指摘。「悔い改めることなくして何も前に進みません。どんな国の国民であれ、後ろめたいものを抱えている人たちにとって重要なことです」と語っている。

映画は9月24日から、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムなどで公開されている。

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