学校での熱中症、教師の「権威」が原因かも…心理的メカニズムを専門家が解説

組織の上に立つ人が情報や権限を握り過ぎてしまった場合に発生する心理的なリスクについて、心理学者が解説します。

5月から6月にかけて、学校では運動会や体育祭が行われることも5月から6月にかけて、学校では運動会や体育祭が行われることも

【図解で丸わかり!】「権威勾配」のメリット、デメリット

 5月17日に岐阜県で気温が35度を観測するなど、これからの時期は気温や湿度が上がるため、熱中症患者が増え始めます。そして、校庭や体育館も暑くなるので、学校でも毎年多くの子どもたちが熱中症になります。

 同日には、福岡県久留米市内の中学校で体育祭の練習をしていた生徒7人が、熱中症とみられる症状で病院に搬送されたほか、大阪府羽曳野市内の小学校でも生徒9人が体育の授業後に体調不良を訴え、うち3人が病院に搬送されました。

 学校で発生する熱中症について、事故防止や災害リスク軽減に関する心理的研究を行う、近畿大学生物理工学部・准教授の島崎敢さんが、「大人の管理下にある子どもの熱中症は自己責任で片付けられない問題であり、学校側の十分な配慮が必要」と指摘するとともに、学校での熱中症を誘発する、社会心理学的なメカニズムについて解説します。

■意見を言いにくい雰囲気が醸成

 皆さんは「権威勾配」という言葉をご存知でしょうか。権威勾配とは、「上司と部下」「先生と生徒」など、組織内の上にいる人と下にいる人の上下関係の落差を示す言葉です。一般的に上にいる人は、下にいる人よりも権限や情報を多く持っており、多かれ少なかれ不均衡があります。権威勾配はこの不均衡を指す言葉で、不均衡の程度、つまり権威勾配は強かったり弱かったりします。

 権威勾配が強い場合、上の人は下の人に指示を出しやすくなるというメリットがあります。軍隊や体育会系の部活などは一般的に権威勾配が強く、統率の取れた行動や上意下達の情報伝達が比較的うまくいきます。しかし権威勾配が強いと、下の人たちは自身の意見や懸念を表明しにくくなり、意思決定や問題解決に重要な情報が上の人に伝わりにくくなるデメリットがあることが知られています。

 権威勾配の問題は、これまで、医療や航空の安全に関わる分野で注目されてきました。どちらの仕事も素早く適切な意思決定が求められます。また、どちらも「医師とその指示に従う医療スタッフ」「機長とその指示に従うクルー」などといったように、立場が上の人と、それ以外の人が一緒に仕事をしています。

 ここで権威勾配が強過ぎると、組織内の下の立場の人が重大な間違いや問題に気が付いても、そのことを「上の人に言いづらい雰囲気」があるため、問題解決のためのコミュニケーションや情報共有が円滑に行われません。

 例えば、医療スタッフが、「医師の処方が間違っているかもしれない」と思っても、権威勾配が強過ぎると「下の人間が間違いを指摘するなんて失礼かな」「間違いを指摘された先生は不機嫌になるかな」という意識が働いてしまいます。その結果、すぐに対処すれば事なきを得るような事態も、取り返しのつかないところまで進んでしまうことがあるのです。

 教室の権威勾配も、円滑な学級運営のためにある程度は必要です。生徒と先生がフラットな関係になり過ぎてしまうと、言うことを聞かない子どもが出てきてしまったり、騒ぎが収まらなくなってしまったりして学級崩壊につながりかねません。

 学習のうち、特に「知識の伝達」だけに着目すれば、権威勾配によって、生徒が先生の話を静かに聞く環境がつくられるのは良いことかもしれません。

 しかし、先生と生徒の間には、以下のような理由で、意図しなくても、始めから強い権威勾配ができてしまうことに注意が必要です。

 先生は教える立場で、生徒は教わる立場です。小学生低学年のうちは体格も先生の方がずっと大きく、経験や知識量も圧倒的です。つまり持っている情報に大きな不均衡があります。そして、先生は生徒の成績決定権を握っているので、権限にも大きな不均衡があります。さらに子どもたちは保護者からも「先生の言うことを聞きなさい」と言われて育ち「先生は偉い人だ」というイメージを持っています。

 子どもの権威勾配の感じ方には個人差がありますが、教室には始めから強い権威勾配が生まれる要素がそろっているので、素直な子どもほど「先生の言うことは絶対だからつらくても従わなければいけない」「話を遮ったり異論を唱えたりしてはいけない」などと思い込んでしまう可能性があります。

 子どもたちがこのように思っていれば、先生は授業を進めやすいかもしれません。しかし同時に、こういう気持ちは「暑いから日陰で休ませてほしい」「水を飲みたい」「友達の様子がおかしい」といった、子どもたちからの重要な情報発信を阻害する可能性があります。

 校庭で体育が行われる場合、校庭で行うことや日が当たる場所で整列すること、水筒を教室に置いてくることは、いずれも先生が決めたことです。先生が決めたことを否定し、授業を中断させ、場合によっては「自分だけ楽をしたい」と受け取られかねない、暑さから身を守るための対処を申し出ることのハードルは、強い権威勾配が意識されるほど高くなります。

「暑くて頭ガンガンするけど、先生の話を遮って言うのは気が引けるなあ」などと思っているうちに、事態はどんどん悪化します。

■熱中症を防ぐには?

 こういった問題を起きにくくするためには、強過ぎる権威勾配を弱める工夫が必要です。医療や航空の分野でも、上下関係に関わらず、積極的に全員の意見表明を求め、否定的な反応をせずにメンバーが感じる心理的安全性を高め、発言しやすい雰囲気を醸成することが推奨されています。

 また、上の立場の人が、優先順位を明確に伝えることも重要です。例えば「先生の話を静かに聞くこと」「計画的に水分補給すること」などは教育上重要なことかもしれません。

 しかし、これらは子どもたちの健康や命より優先されるべきものではありません。こういった優先順位は大人なら分かるかもしれませんが、大人ほど判断力がない子どもに対しては、「健康や命が最優先、原則やルールは二の次」だということを大人が積極的に伝える必要があります。

 さて、ここまで学校での熱中症を題材に話を進めてきましたが、権威勾配の問題はあらゆる組織や人間関係に影響する問題です。強過ぎる権威勾配は、先述のコミュニケーションや情報共有の阻害によるリスクの上昇のほかにも、さまざまな問題を引き起こします。

 意見表明をしづらい、あるいは表明しても受け入れられないので、下の立場の人は考えるのをやめてしまいます。考えるのをやめれば、考える能力は徐々に低下するし、有益なアイデアが生まれる可能性も下がってしまいます。組織運営は他人事になり、目的意識や責任感は希薄になります。モチベーションも低下するので、結果的に組織のパフォーマンスが低下してしまいます。

 このように考えてみると、あらゆる組織の上に立つ人には、「権威勾配が強くなり過ぎていないか」「メンバーが発言しやすい文化や雰囲気が醸成されているか」を常に確認し、適切な状態に近づけていくことが求められます。

 熱中症に話を戻しますが、これからの季節、先生方は子どもたちが体調不良を言い出しづらい雰囲気がないか、改めて点検するとともに、健康と命が最優先であることを周知し、熱中症をはじめとする体調不良の早期発見に努めていただきたいと思います。

近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢

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