「ドラえもん」結果が原因になる話

のび太 パパとママ結婚の謎

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ある日、のび太ドラえもんが、キッチンに入って行くと、なぜかママがご馳走を作って、テーブルに準備をしている。
2人が「どうしたの?」と聞くと、「今日はパパとママの十二回目の結婚記念日」なのだと言う。
ちなみにこのエピソードは1971(昭和46)年のことである。


間もなくして、パパも会社から帰って来て、食卓を4人で囲みながら、和やかなムードの中、みんなで食事を始める。
そしてご馳走を頬張りながら、のび太が何気なく2人の馴れ初めを聞いた時に、ちょっとした事件が起こる。


ママが言うには、「パパはわたしに、けっこんしてくれなきゃ死んじゃう」と言ったといい、一方のパパは、「けっこんしてくれといったのはきみだぞ。なみだをながしてたのんだろ」とママに言う。
そしてその後、どっちが言った言わないで喧嘩が始まり、食事どころではなくなってしまう。


更に不可解なことに、ドラえもんが言うには、「うそ発見器で調べたが、どちらも本当のことを言っている」というのだ。
これはいったいどういうことなのだろう・・・・・・。


そこで事の真相を確かめるべく、のび太とドラえもんは、2人がお互いに「プロポーズをされた」と言い張る、1953(昭和34)年11月3日の「公園」に、タイムマシンで時間を遡って行ってみることにした。


ちなみにこのプロポーズの場所、原作漫画ではママは「公園」としか言っていないのだが、テレビアニメ版ではどこの公園なのか、場所が具体的にはっきりと分かっている。
1979年5月14日放送の大山版ドラえもんでは「日比谷公園」、2009年5月22日放送のリメイク版では、「ひので公園の噴水前、5時きっかり」となっている。


原作漫画の公園がどこなのかは、作中で描かれている範囲があまりにも狭く、どうにも特定の仕様がないのだが、テレビアニメ版ではなぜ2人がプロポーズをした公園が、時代によって全然違う場所に変わってしまったのだろうか。
「未来は変わることがある」とドラえもんはよく言うが、こんな小さな変化なら、しょっちゅう起きているということなのだろうか・・・・・・。


で、1953(昭和34)年11月3日の公園にやって来たのび太とドラえもんは、まずベンチに座って誰かを待っている、若かりし日のママを発見する。
どうやらパパが待ち合わせに1時間も遅れているらしい。


それから間もなくして、パパがやって来るのだが、遅れた理由をママがプレゼントした腕時計のせいにして(パパはそのことをうっかり忘れている)、ママをカンカンに怒らせてしまう。


しかし、ママは怒ったフリをしていただけのようで、追いかけて来たパパを許そうとするのだが、目が悪いのにメガネをかけていなかったため、全くの別人をパパだと思い込み、手を繋いでどこかへ行ってしまう。
それを見たパパが怒ったことは、もはや言うまでもない。


その後もパパが公園で偶然妹に出会い、小遣いをせがまれて抱きつかれているところを、ママがたまたま目撃してしまったりして、話はこじれて行くばかり・・・・・・。


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「このままだとふたりはけっこんしないよ。だからきみもうまれない」とドラえもんはのび太に言う。
のび太に泣きつかれたドラえもんは、現状をなんとかしようと、「ヒトマネロボット」を出す。
そして「ヒトマネロボット」がパパに化けてママにプロポーズ、その後、ママに化けてパパにプロポーズをすることになる。


そしてこの時、「ヒトマネロボット」は確かに、十二回目の結婚記念日の食卓で、パパとママが言っていた通りのセリフで、それぞれにプロポーズをしていたのだ・・・・・・。


ということは、食事の時に2人が言っていたことは、どちらも本当のことだったということになる。
そして、ドラえもんのうそ発見器の反応もやはりあれで正しかったのだ。
ということは、2人の喧嘩の原因を作ったのは、どうやらのび太とドラえもんということになりそうだ。


その後、のび太とドラえもんが現代に戻ると、パパとママは「どっちでもいいじゃない、今が幸せなんだから」と、すでに仲直りをしていたのだった・・・・・・。


ところで、「けっきょく仲直りをするのなら、あの時、のび太とドラえもんは、特に何もしなくてもよかったのではないか?」と、そう思う人も少なくないと思う。


しかし、そうなって来ると、パパとママはお互いに、「プロポーズをされていない」ということになり、きっとお互いの誤解が解けぬまま、別れてしまっていただろう。
やはりドラえもんがヒトマネロボットを使わなければ、2人は結ばれない運命だったのだ・・・・・・。


しかし、未来からやって来た人間が、過去の出来事に影響を与え、その上で未来が成立しているなんて、なんとも奇妙な話である。
しかも、のび太は2人の間に将来産まれる予定の息子なのだ。
そして、そののび太を救うために未来の世界から送り込まれたのがドラえもんである。


そしてこれは、タイムマシンを語る上で、決して避けては通れないタイムパラドックスで、「結果が原因になる」というモデルケースに相当する。
言い方を変えるなら、「過去と未来がループしている」ことになる訳だ。


そして、この考え方の場合、過去の出来事を改変しようとする試みは、「すでに歴史に織り込み済みになっている」ということになる。
つまりドラえもんとのび太の行動も、「起こるべくして起こった」ということになる。


2人の息子であるのび太(この時点では産まれていない)がいなければ、2人は結婚出来なかったことになるし、ドラえもんが未来の世界から、のび太を救うために、現代にやって来ていなかったら、やはり2人は結婚していなかったことになる(つまりのび太も産まれて来ないことになる)。
歯車が1つでも足りなかったら、未来は大きく変わっていたということである。


普通に考えれば、過去の出来事があったから未来は成立している。
ところがここにタイムマシンが絡んで来ると、「未来の出来事が過去を作っている」という、一見矛盾していると思えるようなことが、少なからず起きて来るのだ。


「ドラえもん」のエピソードでは、このようなタイムパラドックスの一面を、非常に分かりやすく描いてくれているのである・・・・・・。


(画像上、歌うドラえもん。画像下、八重咲のムクゲの花)