「謎フレーズ探偵」レインボーマンの替え歌B

レインボーマン替え歌を分析

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前回までの調査で、レインボーマンの替え歌には、大きく3つの系統があることが分かった。
まず、1つ目は、「インドの山奥で」の次の歌詞が、「でんでん虫かたつむり」になるもの。
そして2つ目は、「インドの山奥で」の次の歌詞が、「でんでんでん六まめうまいまめ」になるもの。
そして3つ目は、「インドの山奥で」の次の歌詞が、「出っ歯のハゲ頭」になるものだ。


そしてそのいずれの系統の替え歌も、元歌(レインボーマンの主題歌)の原形を留めているのは、冒頭の「インドの山奥で」の部分だけだった。
その後のフレーズについては、レインボーマンとは一切なんの関係もなく、歌詞を次々と繋げて行く、しりとり歌になっていた。


ちなみに私は、本家のレインボーマンの放送については、1回も見たことがないし、当時小学生の間で流行っていたと言われる替え歌の方も、歌っていた記憶は全くない。


ただ、不思議なことに、替え歌のメロディだけは、なんとな〜く聴いたことがあるような気もするのだ。
これについては、今回レインボーマンの替え歌について情報提供をしてくれたAさんが、私が「知らない」と言うので、替え歌を実際に歌って聴かせてくれたことで判明した。
そこでこの謎を解くためにも、ちょっとレインボーマンについて、色々と調べてみることにした・・・・・・。


まず、「愛の戦士レインボーマン」がテレビで放送されていたのは、1972(昭和47)年10月6日から1973(昭和48)年9月28日までだった。
本放送当時は毎週金曜日の午後7時30分からの30分枠で放送されていたようだ。
番組のジャンルとしては、東宝制作による特撮ものということになる。


そしてその後、再放送があったのかどうかは定かではないが、少なくとも本放送当時の私は、まだ幼過ぎてとてもこのような特撮番組を理解出来る年齢ではなかった。
だからレインボーマン自体を、「見ていなかった=知らなかった」というのは、当然といえば当然のことなのかもしれない。


ところがレインボーマンの替え歌の方はというと、じつはレインボーマンの放送から、じつに20年以上もの間、小学生の間で代々歌い継がれて来たそうで、むしろ元歌を知らないで歌っていた世代の方が多かったようなのだ。
だから私も替え歌の方は知っていてもおかしくはないはずなのだ・・・・・・。


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そして更に調査を進めて行くと、じつはレインボーマンは、1982(昭和57)年10月10日から1983(昭和58)年3月27日まで、TBS系列でアニメ版が放映されていたようなのだ。
本放送当時は毎週日曜日の午後1時30分からのサンデーアニメプレゼント枠で、「時空要塞マクロス」との2本立てで放映されていたという。


私はマクロスの方はなんとな〜く記憶にあるが、レインボーマンの方はアニメ版の方も全く記憶に残っていない。
ということは、恐らく見ていなかったのだろう。


私の記憶にはないものの、レインボーマンは特撮版の放映から10年後に、アニメ版がテレビで放映されていたことが分かった。
恐らくこのことが、替え歌のロングランに少なからず影響していたのではないだろうか・・・・・・。


で、この話を今回の情報提供者のAさんに話したところ、「それだったら、CMの影響の方が大きかったんじゃないか?」と言われた。
私はAさんの言う「CM」についても、すっかり忘れてしまっていたので、Aさんに1から説明してもらったところ、「サザンサザン」という運動靴のCMに、レインボーマンの替え歌が使われたことがあったのだそうだ。
そして、「あのCMはさんまがやっていたから、影響力という意味じゃ、本家以上だったろうよ」と言うのだ。


そこでちょっと調べてみたところ、1987(昭和62)年にシューズメーカー、アキレスの運動靴、「サザンサザン」のCMで、明石家さんまさんが、確かにレインボーマンの替え歌を歌っていたようなのだ。
ただしこれは、本来の替え歌とは歌詞が違っていたようで、どうやらCM用に書き下ろされたものらしい。
そのCMに使われていた替え歌がこちら(↓)。


「CMの替え歌」

インドの山奥(で)
電報打った(ら)
らっきょが転が(り)
りきんだ拍子(に)
二年の春だ(よ)
予習も忘れ(て)
天下一品、サザンサザン


私がレインボーマンや、その替え歌については知らないのに、メロディだけはなんとなく聴いたことがあると感じていたのは、どうやらこのCM の影響のようだ。


そして、この運動靴のCMが放映された1987(昭和62)年は、レインボーマンの特撮版が放映されてから、じつに15年も後のことになる。
それにも関わらず、レインボーマンの替え歌がCMに採用されたということは、当時の小学生の間では、まだまだレインボーマンの替え歌が流行っていたということなのだろう。


そして恐らく、このCMが再ブレイクのきっかけとなり、その後もレインボーマンの替え歌は90年代まで、小学生たちの間で、脈々と歌い継がれて行くことになったのである・・・・・・。


(画像上、見事に枝垂れたハギの花。画像下、今年は二回咲いてくれたキンモクセイの花)