太平洋戦争開戦(1941年12月8日)

太平洋戦争開戦(1941年12月8日)

真珠湾攻撃で戦艦11隻を撃沈

 1898年(明治31年)にハワイを併合した米国は真珠湾に海軍基地の建設しました。真珠湾海軍基地は難攻不落の要塞となり、艦船による攻撃や上陸作戦は不可能と考えられました。太平洋戦争開戦前、日米交渉が困難になるにつれてこの米軍の太平洋上の軍事拠点は日本軍にとって脅威的な存在となったのです。

 対米戦に備えていた日本軍は真珠湾から日本に向かう米国艦船を航空機と潜水艦で駆逐しながら近海まで引き付け艦隊戦を仕掛ける作戦を立てていましたが、連合艦隊司令長官の山本五十六大将は航空機による真珠湾海軍基地の攻撃で決着をつけるべきと考えていました。当時の日本海軍は多くの空母を保有しており遠く離れた真珠湾の攻撃作戦も十分に可能でした。山本は昭和16年(1941年)1月に真珠湾攻撃の計画の立案を命じました。

 日米の緊張が高まる中で日本は11月下旬に米国のゴーデル・ハル国務長官から通称「ハル・ノート」と呼ばれる最後通牒を受け取り、米国との戦争は不可避と考え対米戦を決定しました。日本軍は12月8日を開戦日とした真珠湾攻撃の準備を進めました。12月1日、真珠湾攻撃の30分以上前に米国に対して宣戦布告することが決定されました。そして、12月2日17時30分、大本営は機動部隊に対し暗号電報「新高山登レ一二〇八(にいたかやまのぼれひとふたまるはち)」を発信しました。

 昭和16年(1941年)12月8日午前3時19分(ハワイ・アリューシャン標準時12月7日午前7時49分)、日本軍の聯合艦隊機動部隊が米国ハワイ州オアフ島の真珠湾海軍基地を奇襲攻撃し太平洋戦争(大東亜戦争対米英戦)が開戦しました。午前3時22分(現地時間7時52分)、攻撃隊総指揮官の淵田美津雄中佐が九七式艦上攻撃機から第一航空艦隊司令部の旗艦空母「赤城」にワレ奇襲ニ成功セリという意味の暗号「トラ・トラ・トラ」が打電しました。日本軍は戦艦アリゾナをはじめ戦艦11隻を撃沈、役400機の航空機を破壊することに成功しました。

撃沈された戦艦アリゾナPhoto_20211203114401
アリゾナ記念館
戦艦ミズーリとアリゾナメモリアル(上)
戦艦アリゾナの錨(下左) 真珠湾パノラマ写真の説明(下右)

 日本人・外国人の観光客がガイドさんの説明に耳を傾けます。ガイドさんの話を聞くと激しい攻撃があったことが頭に浮かびます。

真珠湾攻撃の説明を聞く観光客
真珠湾攻撃の説明を聞く観光客

 2度と悲しい歴史を繰り返さないように・・・

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