日本に2つ時刻があった|日本標準時制定記念日(1886年7月13日)

日本に2つ時刻があった|日本標準時制定記念日(1886年7月13日)

日本に2つ時刻あった時期も

 明治19年(1886年)7月13日、「本初子午線経度計算方及標準時ノ件(明治19年勅令第51号、1886年(明治19年)7月13日)」が公布されました。この勅令によって日本標準時はグリニッジ天文台子午儀の中心を通る子午線(グリニッジ子午線)を経度0度とし東経135度(GMT+9:00)の時刻と規定されました。日本標準時は明治21年(1888年)1月1日から適用されました。

 その後、明治28年(1895年)12月28日に公布された「標準時ニ関スル件」で明治29年(1896年)1月1日から東経135度(GMT+9:00)の標準時を「中央標準時」、東経120度(GMT+8:00)の時刻を「西部標準時」と定めました。中央標準時と西部標準時の時差は一時間で中央標準時は日本本土、西部標準時は八重山列島・宮古列島・台湾・澎湖諸島で使われました。

標準時ニ関スル件(治28年(1895年)12月28日に公布)
標準時ニ関スル件(治28年(1895年)12月28日に公布)

 しかしながら国内に2つの時間が存在することに問題が生じたため昭和12年(1937年)9月25日に「明治二十八年勅令第百六十七号標準時ニ関スル件中改正ノ件(昭和12年勅令第529号)」が公布され同年10月1日から西部標準時が廃止され日本の時間がひとつに統一されました。

 一般的にし東経135度(GMT+9:00)の時刻を日本の標準時と呼びますが、中央標準時が法令で定められている正式な名称です。

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