ペリー上陸記念日(1853年7月14日)

ペリー上陸記念日(1853年7月14日)

ペリーに上陸を許可した背景

 日本の開国と通商条約を結ぶ目的でやってきたアメリカ合衆国のマシュー・カルブレイス・ペリーが率いる黒船の艦隊が浦賀沖に現れたのは1853年7月8日です。ペリーは江戸幕府の高官に親書を手渡すことを求めましたが、江戸幕府は浦賀奉行所の与力を派遣するだけでなかなか応じませんでした。そのためペリー江戸幕府に無断で浦賀港内の測量を始め7月11日には江戸湾内に侵入しました。これに驚いた江戸幕府は親書を受け取ることにし7月14日にペリーに久里浜への上陸を許可しました。幕府軍に警護されるなかで浦賀奉行の戸田氏栄と井戸弘道がペリーと会見し親書を受け取りました。この7月14日は「ペリー上陸記念日」とされています。久里浜にはペリー上陸を記念して建立され1901年7月14日に除幕されたペリー上陸記念碑があります。

合衆国水師提督口上書
合衆国水師提督口上書
艦長ヘンリー・アダムス副使、ペリー提督、司令官アナン軍使

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