神主は食べていけない 収入は年間数十万程度で会社員などを兼業しているケースも

神主は食べていけない 収入は年間数十万程度で会社員などを兼業しているケースも

記事まとめ

  • 東北のある神社の宮司は「もうすぐ震災から6年ですが、うちの復興はまだまだ」と話す
  • 三つの神社の宮司を兼ねているが、収入は、年間数十万円程度で平日は地元企業の社員
  • 「震災以降の神社運営は、完全に会社員としての給料からの持ち出し」と語っている

神主は食べていけない 末端神主たちの神社本庁への嘆き

日本会議の主張とは真逆だ。ある新宗連関係者に言わせると、「そこは宗教界の横のお付き合い」という声が返ってきた。

 宗教的にみれば、日本会議の“源流”は「生長の家」である。創始者である故・谷口雅春は、宗教指導者であるとともに、20世紀の日本を代表する保守の政治活動家であった。

 谷口は「天皇国日本」「日の丸か赤旗か」といったスローガンを掲げ、全盛期には100万人超を誇った信徒らを団結させて活発な政治運動を展開した。稲田朋美防衛相や衛藤晟一首相補佐官など、生長の家から影響を受けたと公言する者は多い。

 かつて生長の家が政治活動の中で目指したものは、優生保護法(現在の母体保護法)の改正、つまり人工中絶の規制だった。生長の家の教義とは、谷口雅春の「人間神の子。本来罪も病もない」という言葉に象徴される。生まれてくる「神の子」を人間の都合で抹殺する人工中絶は、生長の家にとって許されざる行為だった。これに制限をかけるため、生長の家の政治部門が動きだしたという背景がある。しかし生長の家がどれだけ強硬にそれを求めても、自民党は日本医師会との力関係から、優生保護法を改正しようとしなかった。自民党への絶望、また自分たちの政治力のなさを痛感させられたこと、それも要因となって83年、生長の家は政治活動から撤退する。

 昨年6月9日、生長の家は7月の参院選において自公の連立与党を「支持しない」と表明した。

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