甲子園は「負けたら終わりの青春ドラマ」のままでいいのか

甲子園は「負けたら終わりの青春ドラマ」のままでいいのか

Photo:PIXTA

全国高校野球選手権大会、夏の甲子園の記念すべき100回大会は、過去最高の観客数100万人を動員するなど、大きな盛り上がりを見せた。金足農業の秋田県勢103年ぶりの決勝進出などがニュースとして大きく取り上げられるなど、国民的な関心度の高さを示した夏の甲子園だが、選手のプレーとは別に、大会運営の在り方や指導法など“大人”が関わる部分は大きな分岐点を迎えている。(文/小林信也)

■青春ドラマに感動しているだけでいいのか?

 高校野球、とりわけ“甲子園”は「1度負けたら終わり」、その刹那的な仕組みが大会にいっそうの感傷を与えている。世代を超えて、また野球経験の有無を越えて、国民が共有する“青春ドラマ”が生み出される。100回を記念するこの夏もまた、数々のドラマが生まれた。

 だが、この感傷を私たちは今後も受け入れ、同じような“青春ドラマ”を今後も生産し続けていいのだろうか? 私は、自ら高校野球に打ち込み、3年夏までの高校生活を野球中心に過ごした経験から、あえて疑問を投げかけたい。

 中学を卒業し、高校受験に合格し、子どもの頃からずっと憧れていた高校野球に身を投じて2ヵ月後には、早くもそこが自分の夢見ていた世界と違うと感じ始めた。そのときは、なぜ自分が苦しいのか、よく理解できなかった。ただ、練習場にいることに苦しさを感じ、一刻も早くグラウンドから逃げ出したかった。

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