隠れキリシタンの末裔はいま?世界遺産の地で続く知られざる信仰

隠れキリシタンの末裔はいま?世界遺産の地で続く知られざる信仰

隠れキリシタンの末裔たちは、世界遺産の地で今も信仰を続けている。写真は旧出津救助院で、古いオルガンの弾き方を訪問者に教えるシスター

この7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に登録された。同月半ば、筆者はかつて「隠れキリシタン」と呼ばれる人々が住んでいたと言われる西彼杵半島の長崎市外海(そとめ)と佐世保市の黒島を訪れ、取材を行った。数百年にもわたって歴史の表舞台から姿を隠し、ときには激しい弾圧を受けながらも自らの信仰を貫き通した彼らは、いったいどんな信念を持ち、どんな暮らしをしていたのか。そして末裔は今、どうしているのか。その足跡を、どうしても追ってみたくなったのである。(取材・文・撮影/ジャーナリスト 粟野仁雄)

■「隠れ」と「潜伏」の違いは?キリシタンの聖地・外海を歩く

 筆者が訪れたのは、長崎県の中でも隠れキリシタンの末裔が多いと言われる外海(そとめ)地区だ。江戸時代にキリシタンを厳しく取り締まった大村藩の城下から遠く、信仰に比較的寛容な佐賀藩の飛び地もあったことから、古くからキリシタンが多い土地柄だったという。キリシタン弾圧を題材にした遠藤周作の小説『沈黙』の舞台でもある。海を一望できる高台の遠藤周作文学館は、閉館時間だった。

 ド・ロ神父記念館は、この地域におけるキリシタン信仰の象徴的な場所の1つ。高名な神父が使った祭服や、自筆の日記、愛用のカレンダー、さらに医学にも造詣の深い彼が本国から持ってきた、胎児を持つ女性の人体模型まである。

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