【出口学長・日本人が最も苦手とする哲学と宗教特別講義】 9割の人が知らない! アカデミーという言葉を普及させた プラトン・アカデミーとは?

【出口学長・日本人が最も苦手とする哲学と宗教特別講義】 9割の人が知らない! アカデミーという言葉を普及させた プラトン・アカデミーとは?

Photo: Adobe Stock

世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。世界史を背骨に日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説した『哲学と宗教全史』が「ビジネス書大賞2020」特別賞(ビジネス教養部門)を受賞。発売3年たってもロングセラーとなっている。
◎宮部みゆき氏(直木賞作家)「本書を読まなくても単位を落とすことはありませんが、よりよく生きるために必要な大切なものを落とす可能性はあります」
◎池谷裕二氏(東京大学教授・脳研究者)「初心者でも知の大都市で路頭に迷わないよう、周到にデザインされ、読者を思索の快楽へと誘う。世界でも選ばれた人にしか書けない稀有な本」
◎なかにし礼氏(作詞家・直木賞作家)「読み終わったら、西洋と東洋の哲学と宗教の大河を怒濤とともに下ったような快い疲労感が残る。世界に初めて登場した名著である」
◎大手ベテラン書店員「百年残る王道の一冊」
◎東原敏昭氏(日立製作所会長)「最近、何か起きたときに必ずひもとく一冊」(日経新聞リーダー本棚)と評した究極の一冊
だがこの本、A5判ハードカバー、468ページ、2400円+税という近年稀に見るスケールの本で、巷では「鈍器本」といわれている。“現代の知の巨人”に、本書を抜粋しながら、哲学と宗教のツボについて語ってもらおう。

■メディチ家とフィチーノの関係

 イタリア中部の都市フィレンツェは、ルネサンスの一大中心地となりました。

 その市政を支配していたのは、一大金融業者であったメディチ家です。

 メディチ家のコジモ・デ・メディチ(1389-1464)は、自分が当主であった時代に、マルシリオ・フィチーノ(1433-1499)という若い学者の才能を見込んで別荘を与え、プラトン全集のラテン語への翻訳を行わせました。

 やがてこの別荘は、学者たちや芸術家のサークルのようになっていきます。

 コジモの孫、ロレンツォ・デ・メディチ(1449-1492)が当主の時代になると、このサークルはますます発展し、いつしか誰呼ぶともなく、「プラトン・アカデミー」と呼ばれるようになっていきました。

 もちろんこの呼称は、プラトンが設立したアカデメイアに倣ったものです。

 しかし、メディチ家に本格的な大学をつくろうとする意図はなく、あくまでもフィチーノの私的なサークルであり、プラトンのアカデメイアやアリストテレスのリュケイオンと比較すれば、組織も何もない、サロンのような飲み会であったようです。

■アカデミーという言葉を普及させたプラトン・アカデミー

 しかし、このプラトン・アカデミーは、当時の有識者や芸術家の広場にも似た存在になり、ルネサンスのエネルギーの源泉の一つとなりました。

 また、現代、アカデミーという言葉が広く使われるようになる契機をつくったのは、フィチーノのプラトン・アカデミーでした。

 彼の業績は、哲学者としては評価しにくいのですが(新プラトン主義の継承者といわれていますが、魔術や神秘思想にも通じていました)、結果的に彼が中心となったプラトン・アカデミーが、ルネサンスに及ぼした影響の大きさを考えると、やはりルネサンスの時代をつくった一人の知識人として名前を挙げておきたいと考えます。

『哲学と宗教全史』では、哲学者、宗教家が熱く生きた3000年を、出没年付きカラー人物相関図・系図で紹介しました。

 僕は系図が大好きなので、「対立」「友人」などの人間関係マップも盛り込んでみたのでぜひご覧いただけたらと思います。

(本原稿は、13万部突破のロングセラー、出口治明著『哲学と宗教全史』からの抜粋です)

『哲学と宗教全史』には3000年の本物の教養が一冊凝縮されています。ぜひチェックしてみてください。

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