小林麻央さんが最期までブログで自分をさらけ出したことの意味

小林麻央さんが最期までブログで自分をさらけ出したことの意味

結婚式の記者会見での市川海老蔵さんと小林麻央さん、2010年7月29日 Photo:AFLO

 フリーアナウンサーで歌舞伎役者・市川海老蔵の妻でもある小林麻央さんが亡くなった。ご存じのとおり、ガンに身体を冒されながら死の2日前までブログを更新し続けていた。日本中で彼女の死を悼み、悔やむ声、あるいは彼女の生き方に対する共感と賛美の声が巻き起こっている。

 一方、アイドルグループNMB48のメンバー・須藤凜々花がAKB選抜総選挙イベントの場で「結婚宣言」したことについては、賛否両論の議論が続いている。小林麻央さんの件とはなんの関係もない話だと思われるだろうが、芸能人・ジャーナリスト・文化人といったメディアに顔と名前をさらしてなんらかの表現活動をしている人たちにとっての表現とはなにか――それを改めて考えさせられる話題だった。そこで今回は、「表現」というもののあり方について考えてみたい。

■彼女が表現者として伝えたかったこと

 まず小林麻央さんであるが、実は僕自身も最近、自分が死に向かってどのような生き方をすべきかを考えることが多かったので、死の間際までブログを更新し続けていた彼女の生き方には感じるところも多い。「人間の価値は、死に方で決まる」とよく言われるが、若い頃には自分の死を本当に意識することは少ないし、難しい。人がどの時点でどのように自分の死を意識できるかは状況によるし、それこそ、生き方にもよる。

 ちなみに僕の場合は、一昨年に両親が相次いで他界した。すると「両親の人生は一体なんだったのか。

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