廃棄前の弁当に30年前の洋服…生活困窮者への「物的支援」は正しいのか?

廃棄前の弁当に30年前の洋服…生活困窮者への「物的支援」は正しいのか?

生活保護受給者をはじめ、生活困窮者への物質支援は難しい。貧困状態にある人々は非常に傷つきやすく、送る側の善意が相手への負担になってしまうこともあるからだ(写真はイメージです)

■先方が厳しい状況にあるほど難しくなる心づくしの「贈り物」

 本連載がスタートしたのは2012年6月、お笑い芸人・河本準一氏が謝罪会見した直後のことだった。その時期のスタートとなった事情は、「まことに不思議な巡り合わせの結果」としか言い表しようがない。以来、約5年半の時間が経過した。

 貧困の拡大と格差の固定、人の心の荒廃が取り沙汰される日本だが、本連載への反響から、私は「日本の世の中は、捨てたもんじゃない」と実感することが多い。10月20日に公開した本連載の記事「生活保護シングルマザーと娘たちが奪われ続ける『人間らしい生活』」は、多くの方に読んでいただくことができ、私のもとには「苦しい状況にあるご家族に、何かを差し上げたい」という声が寄せられている。

 全国に広がり、定着しつつある「子ども食堂」ムーブメントも、世の中にもともと善意があったからこそ、掘り起こされ、形となったのだろう。廃棄される運命にある食糧を必要とする人々に届けるフードバンク活動は、農水省内にウェブページが設けられ、半ば公的な性格を帯びている。2014年に活動を開始した「おてらおやつクラブ」も、お寺に集まる供え物を「仏さまからのお下がり」として、必要とする親子に届ける活動を、全国で継続している。

 どの活動も、決して悪いものではないはずだ。「子ども食堂」は、低所得層・貧困層の子どもたちに外食の機会と経験を提供できる。

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