フリーターから大臣になった大田弘子さんの仕事術「何事もやってみなければ分からない」

そんな時代でした。

 私はジャーナリスト志望でしたが、新聞社も雑誌社も女子の求人はまったくなし。ツテを頼って、いくつかの出版社を受けました。面接では最終まで行っても、結局、女子の採用はなし。そのうちにある企業の社内報編集の仕事が舞い込みました。社内報の編集は出版プロセスの全体を経験できますから面白かったのですが、いろいろな問題があって、すぐにも辞めたくなりました。でも、その会社も四年制大卒女性の採用は私が初めて。ここで辞めたら、次に続く大卒女性の採用はなくなるだろうと、2年間は勤め続ける決心をしました。根が楽天的なので、さあ2年経ったぞと喜び勇んで辞めましたが、次の勤め先がない。失業保険を受け取りながらフリーターをしました。でも、新卒の採用すらないのに、中途採用の機会などないですよね。その後、縁あって生命保険文化センターの研究員となり、いろいろあって今に至ります。

 こんなスタートを切りましたから、職があるだけでもありがたいという気持ちは身にしみついています。「自己実現できる仕事をしたい」というようなことを言う人がいますが、働く場を得て、自分でエサを取ってくるだけでも、十分に大変なことではないでしょうか。もしも自分のやりたかった仕事に出合うことができれば、それはもう幸運中の幸運。

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