大災害が相次いだ平成、新聞・テレビの役割と存在意義は何か

大災害が相次いだ平成、新聞・テレビの役割と存在意義は何か

東日本大震災で津波の被害に遭った岩手県沿岸地域 Photo:PIXTA

平成は東日本大震災や阪神・淡路大震災など、未曽有の大災害が相次いだ。身元が判明した大勢の犠牲者のほか、現在も行方不明の方が数多くいる。住み慣れた家屋を失って避難を余儀なくされ、コミュニティーが崩壊した地域も少なくない。それぞれの災害について、どんな被害が出たか、時間の経過とともに忘れ去られることがないよう、各メディアは工夫を凝らし報道を続けている。しかし災害報道に対しては、ネットなどで批判的なコメントが投稿されることが多い。平成に発生した大災害を振り返りながら、あまり知られていないメディアの取材現場を紹介したい。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

■「1・17」と「3・11」

 1995(平成7)年1月17日午前5時46分、それは起こった。兵庫県の淡路島北部を震源とするマグニチュード(M)7.3、観測史上初の震度7を記録した「阪神・淡路大震災」だ。

 市街地の複数個所で家屋が炎上して黒煙を上げ、上空の報道ヘリコプターから「これは、私の知っている神戸ではありません!」と絶叫したアナウンサーの声を覚えている方も多いだろう。

 倒壊したビル、横倒しになった高速道路、アスファルトを切り裂いた地割れ…。テレビの視聴者の方々も、現実のものとは信じられなかったのではないだろうか。

 犠牲者は6434人、行方不明者3人。

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