「天才」と「努力家」、この対立から抜け出す、努力の方程式【北野唯我】

「天才」と「努力家」、この対立から抜け出す、努力の方程式【北野唯我】

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デビュー作『転職の思考法』がいきなり、12万部。続く『天才を殺す凡人』も9万部を突破するなど、今、最注目のビジネス作家北野唯我氏。2回目の今回は、元号が変わり新しい時代になるタイミングに合わせて、北野氏が今だらからこそ言える、「新しい時代の正しい努力」について寄稿してもらった。

「天才」と「努力家」

 という対立ほど、人々の関心を誘うものは少ない。あるいは「天才」とまでいかなくても、マンガや映画、コンテンツには何かしらの「才能」の類が描かれている。

 今日はこの「才能」について、私が20代のうちに知りたかったなぁと思うことを本音ベースで書きたい。

■日本人の「努力神話」はもはや、昭和の宗教の一種に近い

 以前、ある対談をしたとき、「日本人にとって経済とは信仰である」という話を聞いた。いわく、経済は実態にも関わらず、「日本はすごい」という宗教に近い感覚で捉えてしまう、結果、経済状態を冷静に分析できないのだ、という話だった。

 この話の真偽はさておき、私はある昭和的な価値観を持ち合わせた人と話していると、「努力」や「才能」に関する考えも、同じだなと思うことがある。具体的には「努力教」とでも呼べるものだろうか。その経典の内容は

「努力すればなんでも叶う」
「頑張って汗水流している姿は全てに増して尊い」

 とでもいうものに近いように感じる。

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