萩本欽一 ぼくも二郎さんも「マヌケ」だったから、 コント55号というコンビが生まれた

萩本欽一 ぼくも二郎さんも「マヌケ」だったから、 コント55号というコンビが生まれた

萩本欽一 ぼくも二郎さんも「マヌケ」だったから、 コント55号というコンビが生まれたの画像

今回は、欽ちゃんと次郎さんがどう出会って、コント55号が生まれたのか、そんな話。欽ちゃんを誘うために二郎さんが考えた方法も「マヌケ」だったけど、それにまんまとのっちゃった欽ちゃんも「マヌケ」だったねというお話です。
この連載は、「マヌケ」という言葉は、「バカ」と混同されがちだけど、「マヌケ」という言葉を使っていたら人間関係も仕事関係も良くなっていくし、マヌケであればあるほど運はたまっていくよ!
そんな、欽ちゃんのあったかい言葉が詰まった本『マヌケのすすめ』から、とくに心に響く部分を抜粋して、萩本欽一さんの言葉を紹介していきます。(撮影/榊智朗)

■劇場の支配人に「どうも二郎さんが好きじゃない」って言いましたからね。また組まされたら困るから。

 コンビになる前も、坂上二郎さんとは何度か舞台でいっしょになったことがあったの。
 やりづらくってさあ。
 突っ込みがしつこい。
 相手のことおかまいなしで、どんどんギャグをぶっ放してくる。
 いっしょに出てた最後の日だったかな、劇場の支配人に「どうも二郎さんが好きじゃない」って言いましたからね。
 また組まされたら困るから。

 地方の仕事から帰ってきて珍しく家にいたときに、二郎さんから突然電話がかかってきた。
 「欽ちゃん、麻雀しにこない?」って。

1 2 3 次へ

関連記事(外部サイト)