ミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏、評価一転で大統領就任に暗雲の理由

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー氏、評価一転で大統領就任に暗雲の理由

政権維持の頼みの綱はもはや中国のみ。習近平国家主席との会談に臨むアウン・サン・スー・チー国家顧問(代表撮影)

11月に改選を迎えるミャンマーの総選挙が7月20日、立候補の受け付けを開始した。8月7日に締め切られ、11月8日の投票日までの長い選挙戦が始まる。最大の関心はアウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が改憲に必要な4分の3を確保して大統領になれるかだが、現地から聞こえてくるのはもっぱら「惨敗」の予想の声。日本では「スー・チーさん」の呼称で知られ、民主化の旗手として盛んにもてはやされていた過去が嘘のようだ。あと一歩最高権力者の地位に手が届かなかった前回選挙から5年。ここまで酷評されることになった本当の理由とは。(バンコク在住ジャーナリスト 小堀晋一)

■地方で高まるNLDへの不満

 私がすべてを決定する――。2015年11月8日、最大都市ヤンゴンでの外国メディアとのインタビューの席上で、スー・チー氏が語った一言だ。

 外国籍の親族がいる者を排除するという憲法の規定により、第一党の党首でありながら大統領に就くことができないスー・チー氏。採った奇策が、大統領への「助言」が可能な新設ポスト「国家顧問」への就任だった。

 あの日、ミャンマーは半世紀以上にわたった軍の支配を脱し、名実ともに民主主義国家としての第一歩を踏み出したはずだった。その4年前には、自身がノーベル平和賞も受賞している。

 ところが、どうであろう。筆者は総選挙1年前の昨年11月から今年2月にかけ、北部カチン州、東北部シャン州、南部モン州といった少数民族居住地や最南端のタニンダーリ管区といった地方へと足を踏み入れてみた。すると、聞こえてくるのはスー・チー氏への深いため息と失望ばかり。

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