「絶滅できない動物たち」が私たちに突きつける“禁断の疑問”

彼らですら、入室前に靴底を漂白剤で消毒しなければならない。

 防疫になった部屋にいるこのカエルは、きわめて希少で、世界でもふたつしか残っていない個体群のひとつだ。もうひとつの個体群も捕獲されて保護されている。このカエルの故郷であるタンザニアの熱帯雨林の滝には、水力発電ダムができた。そして現在、このカエルはテラリウムに閉じこめられ、人工噴霧システムでぬかりなく水分を保たれ、餌用に特別に飼育された虫を与えられている。まるで病院で生命維持装置につながれた患者を覗いているようだった。

 その1年後にわたしは、カエルを絶滅の危機から救うのにこれだけの手間をかけているのに興味を抱き、キハンシヒキガエルのエピソードの中心人物数人に話を聞くためにタンザニアに行った。

 保全生物学についていろいろ学べると期待していたが、気づいたら、国内政治、開発経済学、人種による格差、官僚の言い訳の集中講義を受けていた。環境保護がいいことなのは当たり前というわたしの信念は、実は社会的、文化的なバイアスだったのだ。キハンシヒキガエルが繁殖していたタンザニア奥地の熱帯雨林にたどりついたときには、昔なら野蛮と思ったに違いない考えを抱いていた。

「人間はこのカエルを絶滅するに任せるべきだったのではないか」

 かつての生息地だった2ヘクタールばかりの湿地を眺めながら、キハンシヒキガエルは進化の気まぐれの産物ではないか、という考えが浮かんだ。

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