「絶滅できない動物たち」が私たちに突きつける“禁断の疑問”

キハンシヒキガエルは、滝に完璧に適応したからこそ素晴らしいのであり、ものすごく珍しいからこそ美しい。だが今では、災害が次々と襲う世界に浮かぶ、小さな潜水球に閉じこめられているようなものだ。その状態は絶滅よりましかと問われたら、わたしは「はい」と答える自信はない。

 しかも、東アフリカの僻地の想像を絶する貧しさを考えたら、カエルの保護に莫大な金額が投じられているのは、ほとんど残酷としかいいようがない。わたしはこのタンザニアの地で、種を守るのは悪役とヒーローが登場して最後はきれいに決着がつくという単純な話ではない、と知ってしまったのだ。

 わたしは、タンザニアのカエルについてレポートしたのちに、絶滅の危機に瀕した種とそれを保護するほかの事例にも目を向けはじめた。悲しいことに、どの種を取りあげるかで困ることはなかった。専門的には興味深く、と同時に一方で倫理的には複雑という点では、どれもいい勝負だった。自然保護について包括的な文章を書くことが目標ではなかったので、絶滅寸前、もしくは絶滅してしまった生きもののドラマティックな例に絞った。

 これらの物語の極端な性質によって、わたしたちのなかで変わりつづける対自然界の倫理観と関係の核心である次の問いがくっきりと浮かびあがる。人間の存在と種の存続がいがみあうことも少なくない時代に、どうすれば人間と種は共存できるのだろう。

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