小笠原諸島、楽園の案内人は伝説のサーファー「俺がやりたいのは“楽しい自然保護”」

小笠原諸島、楽園の案内人は伝説のサーファー「俺がやりたいのは“楽しい自然保護”」

小笠原自然観察指導員 宮川典継さん

東京竹芝桟橋から船で24時間、南南東へ1000キロメートル。太平洋に突然現れる溶岩の島、小笠原諸島。世界一のフリーダイバー、ジャック・マイヨールが「最後の楽園」と呼んだその島々には、ひとりひとりの中に眠る原始のエネルギーを呼び起こす、不思議な力がある。

「小笠原に来たことがない人も、あそこには何かあるんじゃないか、いつか行ってみたいってぼんやりと思っているでしょう。それはきっと美しいものを見たい、美しいものに出会いたいという万人共通の思いだよね。今、息が詰まるような世界で暮らす人たちが求めるものが、ここ“惑星ボニン”にあるんだよ」

 小笠原で初めてサーフィンをし、サーフポイントを開拓した伝説のサーファー、宮川典継さん(65)は、自らが暮らす小笠原諸島の父島を「惑星ボニン」と呼ぶ。

 小笠原は長く「無人島(ぶにんじま)=ボニンアイランド」だった。初の定住者は、1830年に移り住んだ米国人のナサニエル・セーボレーを含む30名。間もなく父島は捕鯨船の拠点となった。

「それ以前から、世界中の海賊、交易船、軍隊の調査船などが立ち寄って、巨大なクジラと財宝、荒くれ者が行き交っていたはずだ。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のような世界だったんじゃないかな」

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